テレビも新聞も連日連夜政情のことばかりを報道していてる。喜々様がどうとか、討幕運動がどうとか、江戸で起きている事なのに私にはどこか非現実的に感じる。
だって私の日常は何も変わらず、仕事して帰路についているのだから。
そんな中いつものように帰宅すれば、いつもと違い玄関の鍵は解錠されていて、部屋の明かりが点いていた。
「おかえんなせェ」
「えっ、うそ…」
「なんでィ、ただいまは?」
普段と変わらぬ様子でリビングのソファに座っていたのは愛しい恋人。彼が私の家を訪れるのは数ヶ月ぶり。暫く会えないとメールが着たきりずっと音信不通だった。
それが今日、今、目の前には彼の姿が…なんの連絡もなく突然のことで、驚きのあまり私は呆然と部屋の入り口に立ち尽くしたまま。
「ただいまはって言ってんだろィ」
「ただ、いま」
「よく出来やした」
私の目の前まで来た総悟は頭を撫で「ご褒美でさァ」と触れるだけのキスをくれた。久々の感覚に思わずはにかむ私を見て、総悟はいたずらに笑いもう一度キスをくれる。今度は長くて濃厚な口づけ。
「俺に会えなくて寂しかったですかィ?」
「別に、そんなことない」
「名前の事だから、“総悟会いたいよぉ”って毎晩泣いてただろ?」
「もう、からかわないで!」
「俺は、寂しかったですぜェ…名前に会えなくて」
総悟はずるい。抱き寄せられて耳元で切なげにそんな言葉囁かれたら、言おうと思ってた文句なんて何ひとつ言えないじゃない。
「…私も寂しかった」
「寂しい思いさせちまって、すいやせん」
謝罪の言葉と共にギュッと腕に力がこもって、きつく抱き締められる。そして消え入るような声で「すいやせん」ともう一度呟いた。その声は僅かに震えていて、まるで泣いているみたいで…
不思議に思い顔を覗き込めば、総悟はどことなく悲しげな表情をしていた。
初めて見る表情に胸がざわめく。
折角会えたってのに、らしくない。
「ねぇ総悟、どうかしたの?」
そんな問い掛けに眉を下げ苦笑した総悟は、私を抱えてソファへと移動する。私を座らせ隣に腰を下ろすと、総悟は真っ直ぐにこちらを見据え静かに口を開いた。
「明日、江戸を離れることになりやした」
「えっ?」
総悟の職は真選組、だから何となく予想は出来てた。ふまえて総悟は会えなかった数ヶ月間に起きた事、今真選組が置かれている状況、そしてこれからやるべき事の全てを話してくれた。
それでもやっぱりどこか非現実的に感じてしまい、正直頭がついていけない。
「今度はいつ帰れるかも分んねェ。だから、もう俺の帰りは待たなくていい」
「………」
「もしも好いヤツが現れたら、その時はソイツと幸せになりなせぇ。名前は馬鹿じゃねェから分かるよな?」
何も言えず俯く私に、総悟はとても優しい音色で諭す。
分かってる…けど、分かりたくない。
代わりに口から出た言葉は否定でも肯定でもない、“愛してる”だった。
翌日、私はいってらっしゃいとも、さよならとも言えずに、ただ黙って総悟の背中を見送った。
何とも言えない心境のまま部屋へ戻ると、リビングのテーブルの上には小さな青色の箱が置かれていた。
その箱を手に取って開けると、中に入っていたのは大粒のダイヤが光り輝くキレイな指輪。
「…総悟のバカ」
帰りは待たなくていいと言いながら、好い人が現れたらその人と幸せになれと言いながら、こんな指輪を置いて行くなんて…
やっぱり総悟は、ずるい人。
そしてそんなずるくて優しい総悟が好きだから、私はその指輪を左手の薬指にはめた。