甘えた先のけじめ
テレビの収録が終わり、打ち上げの一次会にだけ参加して家に帰りつく。時刻はもう1時をまわろうとしている。もともと人付き合いがあまり得意でないため、飲みの席は楽しい反面どうにも疲れる。思わずため息をつきドアを開けると、真っ暗だろうという予想に反してリビングが明るい。この時間まで起きているなんて珍しいなと思うが、それにしては人の気配はない。
ガチャリとリビングのドアを開くとソファで眠る彼女の姿。机にはすっかり冷めたミルクティーがマグカップの三分目まで残っている。おおかた俺の帰りを待とうとして寝落ちてしまったというところだろうか。
ソファのそばに座り、彼女の顔にかかった髪の毛をそっとよけ、するりと頬を撫でる。胸を上下させ、すぅすぅと寝息をたてながら、穏やかな顔で眠っている。一体何時まで起きていてくれたのだろうかと、申し訳なくなると同時に愛おしさが込み上がる。
思えば、まともなデートに出かけたのはもう3ヶ月も前のことで、最近はゆっくり話をする時間さえとれていない。
「我慢…させてんだろうな」
髪をすくように撫でながら、誰に聞かせるわけでもなく呟く。そういえば髪の毛もだいぶ伸びた気がする。それほどの時間、彼女のことを見れていなかったのか。
「ん……」
彼女が小さく身じろいで、思わず撫でていた手を止める。ゆっくりとまぶたが持ち上がり、目が合うとふわりと微笑んだ。
「おかえり。お疲れ様」
「ただいま」
「今帰ってきたの?」
「10分くらい前に」
「そっか、遅かったね」
「……ごめん」
「んーん、全然。」
彼女の声に非難の色は全く無くて、でも今はそれが逆に後ろめたい。彼女の優しさに甘えていたことを痛感する。
「…待ってなくてよかったのに」
待っていてくれて嬉しかったくせに、こんなセリフを吐いてしまう。スマートで優しくて女の子が憧れるような男なら、きっとこんな不正解な言葉は選ばないのに。ほら、やっぱり少し寂しそうな顔。
「私が待ちたかっただけだから」
「……そっか」
ああ何で。どうしてこんな素っ気ない返事しか出来ないんだろう。
んーっと言いながら伸びた彼女はまだ眠そうで、今にも夢の中へ戻ってしまいそう。目を閉じかけている彼女の首と膝裏に手を入れてそっと抱き上げると、自然と首に腕が回される。ちらりと顔を見やると、少し色素の薄い瞳はもう隠れていた。
静かに寝室のドアを開け、ゆっくりベッドに寝かせてあげる。リビングの電気を消して寝室に戻り隣に潜り込むと、甘えるように擦り寄ってくる。
「……我慢ばっかさせてごめん」
寝顔を眺めていると、するりと言葉が出てきた。
「ほんとは今日待っててくれて嬉しかった」
さっきは言えなかった言葉。相手が聞いていないとこうも簡単に言えるのに。
「だめだな、俺。全然お前のこと見れてない。お前が許してくれるからって、甘えてばっかだ」
誰にも聞かれない、身勝手な独白。
そう思っていたのに、少し体温の低い手が俺の手に触れて包んだ。驚いて引っ込めそうになるのを今度はぎゅっと握られる。
何か言うのかと待っていたが、特に言葉はなく、再び寝たのかどうかもわからない。だけどなぜだか起きているような気がした。
「そういえば今度、久々に丸一日オフの日ができて。ちょうど日曜だから、デートでも行こう」
相変わらず返事は返ってこない。明日ちゃんと誘おうと思いながら、握った左手の薬指をそっと撫でる。精一杯の感謝と愛の言葉は、そのときに取っておこう。