不器用が愛おしい
3月14日。今日は久々のデートの日。昨日の夜から洋服を決めて準備していたはずなのに、朝になったら何か違う気がして、クローゼットを引っ掻き回して結局バタバタしてしまう。
玄関のそばの姿見で、出かける前に最終チェック。メイク良し、服良し、髪の毛良し。最後に緩んだ顔を引き締めて外に出た。
待ち合わせ場所に着くと、既に彼の姿が。私に気づいて小さく手を挙げた。
「お待たせ、ごめんね」
「いや、そんな待ってへんよ。走ってこんくても良かったのに。せっかくお洒落してるんやし」
謝りながら小走りで駆け寄ると、優しくそう返される。久しぶりに会うせいか、投げかけられる言葉が何だか甘い。
「ん、これ」
私の息が整うのを待って、彼が手に持っていた紙袋を差し出した。
「これって……ホワイトデー?」
「うん」
「やった!何くれるの?」
見れば、紙袋はマカロンが有名なお菓子屋さんのもの。ちょうど友人との電話で「ホワイトデーに貰ったら嬉しいよね」と話していたところのものだ。ということは恐らく、
「マカロン…?」
「そう」
「私ホワイトデーにここのマカロン貰ってみたかったの!よく分かったね?」
あの時彼は隣の部屋で仕事をしていたはずだから、たまたまだろうか。そういうものに疎い彼が自分で思いつくとはとても思えないが。
「この前うちに泊まりに来た時、友達と電話で話してたやろ?あん時実は聞こえてて」
少し恥ずかしそうに白状する彼の姿に、頬が緩む。愛されてるな、なんて柄にもなく思ってみたりして。
「じゃあ行こっか」
そう言って差し出した彼の手を遠慮なく握る。今日一日、彼の時間は私のもの。
陽もすっかり暮れ、ディナーも食べ終わり、静かにお酒を楽しんでいた。今日は何が楽しかったとか、次はどこへ行こうかとか、たわいない話をゆっくりとしながらワインを口に運ぶ。
ちらりと時計を確認すると、もうそろそろ帰らなければをならない時間。今のグラスが空けば、もう終わりだろうか。そう思うと、少し寂しい。
「もうそろそろ帰らなきゃだね」
「……ああ、せやな」
彼は一瞬何か言いたそうにしてやめた。どうかした?と問いかけても、
「いや、何もない」
と言われてしまえば引き下がる他ない。
そのまま2人のグラスが空き、お会計をして外に出る。暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ肌寒い。アルコールで火照った頬に、冷たい夜風がちょうどいい。
私の家まで遠くないからと、酔いを覚ますついでに2人並んで帰り道を歩く。少しでも長く一緒にいたくていつもよりゆっくり歩いてみるが、すぐに家に着いてしまった。
「……じゃあ、また」
名残惜しく思いながら握っていた手を離し別れを告げると、
「あのさ」
と彼が引き止めた。
「実はホワイトデー、もう一個あんねんけど」
「えっ、」
「……渡しても、ええ?」
「もちろん」
私の返事を聞いて、鞄の中を探ると、包装された四角い小さな箱を取り出した。
これ、と言って差し出されたものを受け取る。
「開けていい?」
こくりと頷くので、破かないように慎重に包み紙を開けると、指輪の箱。ぱかりと開くと、シンプルなシルバーの指輪が入っている。
「……素敵」
思わず口から零れる。それを見て彼は、安堵したしたようにため息を吐いた。そう言えば、
「どうして渡すの渋ってたの?」
「え?」
「レストランで何か言いたそうにしてたのもこれでしょう?」
「……バレてたんか」
「うん」
「いや、その……」
彼は少し言いにくそうに口を開く。
「重ない?プロポーズでもないのに指輪って」
よほど気まずかったのか、はたまた恥ずかしいのか、彼は俯いたまま地面に言葉を落とす。マンションの明かりで見える耳が赤いから後者かもしれない。
「一応マカロンも買っとったから、最悪そっちだけでもええかなって……」
「マカロンももちろん嬉しかった、指輪はもっと嬉しい」
「……なら良かった」
少しぶっきらぼうな言葉なはずなのに、なぜだかすごく甘い。ついさっきまで寂しくて沈んでいた気持ちも一瞬で引き上げられてしまう。
じゃあまたね、と今度こそ別れを告げてマンションに入る。ちらりと振り返って手を振ると、やはり少しだけ手を上げた。
エレベーターでひとり、明日から私の指で光る指輪を想像して浮つく。今年はそんなホワイトデー。