優しさの分だけ笑い話

 重たい買い物袋を片手に、玄関のドアを開けた。いつもよりずっと遅い帰宅は、それだけ疲れを伴う。よいしょと漏らしながら荷物を置き、「ただいまぁ」と部屋の奥に声を掛ける。すぐに「おかえり」と返事が聞こえて、彼が玄関に顔を出した。

「えっ」

私の買ってきた荷物を見るや否や、彼が驚いたような声を上げた。その反応のわけが分からず彼の顔を見つめると、「そっかそっか」と言いながらひとりでケラケラと笑っている。やはり何が何だか分からない。

「買い物、してきちゃった?」
「だって今日は買い物行く日でしょう?」
「だよね。そうだよねえ」

我が家は、買い物に行く曜日というものが決まっている。今日は木曜でその日だから仕事帰りにスーパーに寄って来たのだが、なにか不味いことでもあっただろうか。

「ちょっと来て」

当たり前のように買い物袋を持って、彼はキッチンに向かう。慌てて手洗いを済ませて、彼を追いかけて私もキッチンに。買ったものをしまおうと袋から取り出す彼の隣に立ち、それを手伝う。彼が袋から出して、私がしまう。いつもの役割分担。
 冷凍庫にしまわなければならないアイスと冷凍食品からしまおうとすると、「冷蔵庫見てみて」と彼がそれを遮った。訳は分からないまま言われた通り冷蔵庫を開けると、今朝には空いていたはずの卵のスペースが埋まっている。

「あれ、先に卵しまったの?」

よく見れば、牛乳も納豆もある。冷凍庫のものから先にしないと、と言おうとして彼の方を振り向くと、その手にはまた卵。

「…ん?」

もう一度冷蔵庫に目を向けて確認してみても、やはりそこにも卵。
 まさか、と視線を向けた先にはへらりと困ったように眉を下げて笑う彼。

「今日残業でいつもより遅くなりそうって連絡くれたでしょ?」
「うん、連絡したね」
「だから買い物行かずに帰って来るかなって思ったんだよね」
「それで代わりに買ってきたと…」
「そういうこと。俺が代わりに行くねって言っとけば良かった」

ごめんと謝る彼は、いかにもやっちゃったという顔をしている。
 と思いきや、堪えきれなくなったようにくつくつと笑い出した。

「それにしてもすごい量の卵だよね」
「拳くんのせいでもあるからね!?」

他人事のように言い放つ彼にそう言いながら、怒ったふりもそこそこに私もつられて笑ってしまう。帰りの遅い私を気遣ったが為に起こってしまった事故だから、優しさが垣間見えて怒るにも怒れない。
 今日に限っていつもより卵が安かったものだから、まだ家に数個残っていると分かっていながら10個入りを買ってきた。きっと彼も同じ思考だったのだろう。冷蔵庫に入っていたものも10個入りだ。つまり合計二十数個。
 うちは一体どんな大家族だと突っ込みたくなるような大量の卵たち。大人しく次の買い物まで待つか、せめて6個入りにしておけば良かったなどと思うが、後の祭りだ。

  「しばらくは卵料理だね」

彼の手に乗ったそれを見ながら言った私に、「だねえ」と彼は呑気に返す。

「明日のオムライスは贅沢に卵一人三つ使っちゃう?」
「さすがに三つは多くない?」
「いや、いけるんじゃない?」
「まあいけるか。多くて不味くなるものじゃないもんね」

最悪卵は茹でてしまおう。牛乳の消費はシチューかクラムチャウダーだろうか。ホワイトソースにして冷凍してもいい。
 さして大きくない冷蔵庫で場所を取るのは困りものだが、これくらい笑い話だ。二人してなかなか笑いは収まらず、けらけらと笑いながら冷蔵庫に残りの食べ物たちを詰めていく。

「あ、でも葱とキャベツは買ってないんだ」

無くなったから買わなきゃねとこの前言っていたのに。野菜室を開けて茶化すようにそう言うと、彼はえへへと笑うだけ。買わなかったのはどうやら意図的らしい。

「でもキャベツ2個もあったら大変だったから良かったじゃん。ね?」
「それはそうだけど買うならちゃんと野菜も買ってきてください」
「はあい」

気の抜けた返事にはあまり期待できないけれど、まあいいか。今はとにかくこの大量の卵をどうにかしよう。しばらくは卵料理のレパートリーが増えそうだ。



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