ブーケなんていらない
今日、高校時代からの親友が結婚する。招待状の出席に意気揚々と丸を付けたのはもう二か月も前のこと。「本当はジューンブライドにしようかとも思ったんやけど、彼が梅雨やからよそうって。現実的すぎると思わない?」
「でも結局5月にしたんや」
「まあね?」
一見愚痴のようにのろける彼女は、心底幸せそうだった。
相手は高校の同級生らしいが、私はほとんど話したことがなく、知っていることといえば彼が野球部だったことくらい。当時私が思いを寄せていた人も野球部だったので、彼の部活仲間として顔は覚えていた。その彼が来るのかどうかは、何となく恥ずかしくて聞けないままだが、もしかしたら会えるかもしれないと少し期待してしまう。
親友のせっかくの晴れ舞台だからと、早起きしてメイクをし、とっておきのドレスに身を包む。昨日のうちに塗っておいたネイルもいい感じだ。アレンジした髪の毛に髪飾りを付け、最後に忘れ物がないかを確認する。きっと泣いてしまうだろうからハンカチも忘れずに鞄にしまい、準備は完了。
まだ少しだけ出発時間に余裕はあるが、このまま部屋で待っていてもそわそわするだけなので早めに出てしまおう。
* * * * *
式場につくと、早く着きすぎたのか会場にはまだ誰もいない。少し話をしようと花嫁が待つ部屋に行くと、準備の整ったであろう親友が鏡台に向かっている。私の声に振り向いた彼女は、すっかり綺麗になっていて、思わず見惚れてしまう。
「久しぶり」
「あら、もう来てたの?早いね」
「早く家出過ぎたかも。にしてもすっかり綺麗ね」
まじまじと見つめながらほめると少し恥ずかしそうにしながら立ってドレスを見せてくれた。
「そういえば、」
思い出したように彼女が口を開いた。
「須貝くん、来るってよ」
「えっ」
油断していたところに思わぬ名前を出されてドキッとする。須貝くんというのが例の私のかつての想い人だ。私を驚かせた張本人は、にやにやしながら私のリアクションをうかがっている。
高校のときにときどき恋愛相談をしていたのだが、私が彼のことを好きだったことをまだ覚えていたらしい。
「さすがにもう好きじゃないからね」
「でもあんた今彼氏いないんでしょう?」
「それはそうだけど」
念のため私がそう言うと、彼女も食い下がってくる。そういえば彼女はそういう子だった。好きな人を問い詰められて白状してしまった高校時代を思い出して懐かしくなる。
「じゃああり得るかもしれないじゃない。須貝くんも彼女ないみたいだし」
「……まあ、それはね。ほら、この話はもういいじゃない。まだ準備残ってるでしょ。」
逃げるように話を変えて、不服そうな彼女は見なかったことにする。
「じゃあ、またあとで。邪魔しちゃってごめんね」
「ううん、気にしないで。披露宴も楽しみにしといてね」
含みありげににやつく彼女の顔が少し気になりながらも、部屋を後にし会場へ向かう。会場には久しくあっていなかった同級生が来ており、思い出話に花を咲かせつつ始まるのを待った。視界にちらりと入った須貝くんをやけに意識してしまったことは、花嫁には黙っておこう。
* * * * *
式が終わり、披露宴会場へ移動すると、テーブルにはネームプレートが置かれている。どうやら席は決められているよう。
自分の名前を見つけ席に着くと、隣の席の名前が目に入った。なるほど。さっきの彼女の企んだような顔の理由はこれかと、合点がいく。
すると、その席に人が座り、こちらを見た。確かに面影の残るその顔は、しかし記憶より幾分大人でどきりとする。
「久しぶりやね」
彼が私の名前を呼び、声をかけた。苗字にさん付けのその呼び方は学生時代のままで、少しくすぐったい。
「久しぶり」
「元気してた?」
「うん。須貝くんこそ、忙しそうだけど」
「俺はまあ、ぼちぼちよ。今年院も卒業したから少しは落ち着いたしね」
そのまま世間話を続けて披露宴が始まるのを待つ。動画を見ていることを伝えたときには、意外そうにしながらも嬉しそうににかっと笑ってお礼を言ってくれた。こちらが気を遣わずとも自然と話は途切れないのはあの時と同じ。そんなところが好きだったなと思い出して勝手に顔が熱くなる。
披露宴も順調に進み、余興が始まった。高校の野球部でも何かするらしく、須貝くんもステージのほうへ行った。
彼らの余興が終わり席に戻っているとき、余興の小道具を押し付けられているのが見える。文句をたれながら戻ってきた彼は、しかしすごく楽しそう。可笑しくてくすくすと笑っていると、肩を小突かれる。
「笑ってんならもらってや」
「やだよ」
差し出す彼に笑いながらそう返すと、彼も本気でもらってもらうつもりはなかったのかすぐにそれは引っ込められる。
「まあ、誕生日プレゼントとしてもらっとけば?」
今日でしょ?と彼を見ると目を少し見開いてこちらを見ている。
「誕生日、よう覚えとったね」
「えっ、と。さっき誰かが話してるの聞こえて。誰だったかな」
本当は招待状が届いたときから誕生日当日なことには気づいていたが、それを言うのは好きでしたと白状するも同然なので適当にごまかしておく。焦って言葉に詰まったことがばれないように願いつつ次の余興に目を向けた。
* * * * *
披露宴も無事終わり、ぱらぱらと人が減っていく。当然だが、ご時世柄二次会はないらしい。新郎新婦に軽く挨拶をして友人と一緒に出口に向かい、方向が違うその友人とはお別れする。歩き出そうとしたところで肩をたたかれ、振り向くと須貝くんが立っていた。
「帰り何線?」
最寄り駅の路線をこたえると、「おっ、一緒やん」とのこと。これはどうやら一緒に帰る流れらしい。
しばらく他愛もない話をしながら並んで歩く。楽しいおしゃべりに少しのアルコールも相まって、ふわふわした気分。楽しくなって、普段なら絶対口にしないことも話したくなってしまった。
「披露宴のとき、私須貝くんの誕生日覚えてたでしょう?」
「ん?ああ、誰かが話してたってやつ?」
「そう、それ。あれねえ、実は嘘なんだよね」
えへへと笑いながら歩く私は、ふわふわした気分ゆえ、目を見開く須貝くんには気づかない。
「私覚えてたの。すごくない?」
そこで隣に目を向け、ようやく固まっている須貝くんに気づいた。これはやってしまったかもしれない。気づいてしまうと顔から火が出るくらい恥ずかしい。そこからお互いぎこちないまま駅まで向かう。
駅に着いて改札を抜けても彼は黙ったまま。軽い冗談として流してくれても良かったのだが、こうも困らせてしまうならば言うべきではなかっただろうか。
「須貝くんこっち方面?」
「えっ、ああ。そうやね」
私が尋ねると、彼はハッと顔をあげてぎこちなくうなずく。
「じゃあ、私あっちだから。……また、今度」
「ああ、うん。また機会があれば」
少名残惜しさを感じながらも、彼に背を向けてホームへ向かおうとする。と、名前を呼ばれた。
「あのさ、」
しばらく迷うように視線を床に泳がせた後、意を決したように口を開く。
「LINE、交換してくれないですか」
緊張しているらしい突然の敬語に、かわいいかもなんて場違いなことを考える。結婚式の雰囲気にあてられたのかもしれない。
LINEを交換して、お互い少し照れながら別れる。帰りの電車で送られてきた『よろしく』のスタンプを、家に帰っても見てしまうくらいには浮ついていた。本当に学生時代に戻ったみたい。
それから頻繁に連絡を取るようになって、実は高校時代の私の恋は片思いじゃなかったとか、彼の相談相手は私の親友の旦那だったとか、いろいろなことが発覚するのだが、それはまたしばらく後の話。