忍ばない
コホッ。キッチンで夕飯の片付けをしていると、咳払いが聞こえた。振り向くと、側に彼がたっている。
「どうしたの?」
「いや、何か手伝おうかと思って」
「じゃあすすいだお皿拭いてもらってもいい?」
ええよ、と短く返事をして布巾を片手に隣に並んだ。2人で黙々と片付けていく。相変わらず丁寧な仕事ぶり。
洗い物が終わって、リビングのソファに座って一緒にテレビを見ていると、彼が席を立った。トイレにでも行ったのだろうとしばらく待っていると、再び咳払いの音とともに戻ってきた。
そういえばここ2ヶ月くらい咳払いが多い気がする。
「風邪ひいたの?」
気になって尋ねるが、
「いや、別にひいてないよ」
と流されてしまう。
「でも最近咳払い多くない?」
「ちょっと癖で……」
そんな癖あったっけ、ともやもやするけれど、本人が言うのだから風邪では無いのだろう。まさか病院に行きたくない子供でもあるまいし、嘘をつく必要性もない。
お風呂に浸かる間、病院にでも連れていくべきだろうかと悩んでいたが、結局特に解決策は出ないまま。お風呂からあがって彼に髪を乾かしてもらった頃には、すっかり頭から抜けていた。
彼がお風呂に行ったので、再びテレビに目を移す。そういえば、見たい映画があるんだった。チャンネルを変え、しばらくその映画に集中する。
ふと気配がして振り向こうとすると、すぐ横に彼が立っていた。
「うわっ!」
まさかいるとは思わずに、おばけを見たような悲鳴をあげてしまう。
彼はいつもそうだ。もともと物静かな性格だけれど、近づいてきた時に本当に気配がしないのだ。そのせいですぐ隣に来るまで気づかずに、驚かされる。
特に意識して気配を消しているわけではないらしいが、一緒に暮らす身としては心臓に悪い。
「もうびっくりしたあ…」
と立っている彼の太ももをパシリと叩いたところで、はて、と思い至る。
そういえば最近は、気づかないうちにそばに来ていることが減った気がする。前回驚かされたのは、いつだっただろうか。
考えてみるとかれこれ2ヶ月くらいになるだろうか。そこまで考えて、ひとつ可能性が思い浮かんだ。 もしかしてこれは……。
「ねえ拓朗くん」
コーヒーを取りに行こうとしていた彼を呼び止める。
「もしかしてさ、」
「ん?」
「最近咳払い多いのって、私を驚かせないためだったりする?」
振り返った彼にそう問うと、驚いたように固まった。やはり、そういうことらしい。
「どうりで最近驚いてないわけだね」
「俺が話しかける度に驚かれるんもどうかと思って」
「気にしてくれてたんだ」
「まあ、多少は」
そう言ってキッチンでコーヒーを用意し始めた彼の後ろ姿に、忍び足で近づいてみる。
「わっ!どう?びっくりした?」
背中にぶつかるように抱き着くけれど、ピクリともしない。
「まだまだやね」
そういってくしゃりと私の頭を撫でた。私がわざと鼻歌を歌うような日は当分こないみたい。