安眠
彼女が出張に出かけて2日目の夜。2泊3日だと言っていたから、帰ってくるのは明日の朝。昨日は見たいテレビがあったから気にならなかったけれど、彼女のいない夜はだいぶつまらない。そういえばさ、と話しかけそうになる度に、いないんだったと思い出す。
普段彼女も自分も饒舌なつもりは無かったけれど、こうやって居なくなれば意外と話していたらしいことに気がついた。
電話をかけてやろうかとも思ったが、忙しかったら困るなと考えてスマホを置く。
特にやることがなくて、せっかくなら長風呂してやろうと早々にお風呂に入ったけれど、結局すぐにあがってしまい再び手持ち無沙汰。
ならばもう寝てしまおうと、いつもよりも幾分早い時間に寝室に向かう。一人で寝るのは久々だなと思いながらベッドに潜り込んだ。
けれど隣に温もりのない事がどうにも落ち着かず、眠れない。パチリと目を開けた先には、棚の上に置かれた彼女の香水の小瓶。
カーテンの隙間から漏れる光に浮かぶそれに引き込まれるように手を伸ばした。
* * * * *
夜の10時をまわった頃、ようやく仕事が終わった。もう少しかかると思っていたから今日も泊まりの予定にしていたが、この時間ならば帰れるかもしれない。
新幹線を探すと、まだ席は空いている。
「ホテルの部屋1人で使っていいから」
そう後輩に伝え、駅に向かった。
新幹線に揺られる間、家で待つ彼を思い浮かべる。物静かで人見知りな彼だけど、実は寂しがり屋で、1人でいるよりも親しい人と一緒にいることが好き。
お互い久々の1人の夜だが、どう過ごしているだろうか。久々の1人の夜を謳歌してたらいいな、なんて事を考えていたら、彼に会いたくなってしまった。
けれど、そわそわしたところで新幹線が速くなる訳でもない。残りの道のりを、彼の好きな歌でも聴きながら大人しく過ごす。
家に着いて玄関を開けると、中は真っ暗。1人でお酒でも飲んでいるだろうと思っていたけれど、どうやら寝てしまったらしい。
そっと静かに寝室のドアを開けて中に入ると、嗅ぎなれた香りが鼻をくすぐる。私がいつもつけている香水の香り。 出張には小さい別のものを持っていったから、自分の身体から香っているわけではない。
確かに家を出る時にはここで香水をふったけれど、あれももう2日も前の話で、その香りが残っているとは考えにくい。
不思議に思いながら、眠っている彼に近づくと、ベッドサイドの棚に置いていた香水の位置が、いつもと少しだけずれている。
ふと、彼がもぞりと動いた。寝返りを打って、目をゆっくりと開く。数回瞬きをして意識がはっきりしたのか、そばに立つ私に気づいた様子。
「……なんでいるの?」
「早めに終わったからね」
「そうなんだ、びっくりした」
眠たそうな隅に喜びが混じった声色。欠伸をしながら間延びした声で「おつかれ」と言うから、可愛くて笑ってしまう。
「ねえねえ、」
まだ寝ぼけ眼の彼に、今なら話してくれるかもと話しかけた。
「ん?」
「ここら辺に私の香水ふったでしょ」
「……ちょっとだけね。落ち着かなかったから」
それはつまり、私の匂いに包まれれば落ち着くと白状しているようなものだけど、寝ぼけている彼は気づいているのだろうか。
案外寂しがってくれたことに嬉しくなるけれど、それを言うときっと恥ずかしがって拗ねるから黙っておこう。
私も寝る準備をして、ひと足先に眠りについた彼の横に潜り込む。嗅ぎなれた香りが2人を包んだ。