二人で歩く
目覚ましの音で目を覚ます。隣に寝ていたはずの体温はすでに無く、彼はもう起きているらしい。お湯を沸かす音が止まったかと思うと、コーヒーの匂いが漂ってきた。
「おはよ。相変らず早いね」
彼は蒸らしていたコーヒーから視線をこちらに向けて、ふっと微笑んで「おはよ」と返した。
「今日も散歩行くの?」
「ああ、うん。お前は?今日は一緒行く?」
ダイエットを始めた彼は、最近散歩にも行っている。最初の頃は誘われても断っていたが、いざついて行ってみると案外楽しく、今では仕事が早くない日はたまに行くようになった。
「今日は久しぶりについて行こうかな」
「おっけ。じゃあコーヒー飲んだら行くか」
彼がコーヒーをすする間に、髪を結んで、日焼け止めを塗って、と準備をする。初めて一緒に行った日には、
「女の子って大変やな」
と驚いていたが、今では「はい、これ」とアームカバーを差し出してくるくらいには慣れたらしい。
「ねえ駿貴、ちょっと来て」
「はいはい、どうしました?」
玄関に向かおうとしていた彼を呼び止めて、先程まで私の顔に塗っていた日焼け止めを彼の顔にも塗る。
「どうせ日焼け止め塗ってないでしょ」
いきなり顔に触れられたことにビクッとしつつ、日焼け止めと分かってからは大人しく私の指が頬を滑るのを受け入れている。
「ちゃんと日焼け対策しないと肌汚くなっちゃうよ」
「そうよなあ。分かってはいるんやけどね」
「忘れちゃう?」
「そゆこと」
笑いながらそう答えた彼は、「もう歳も歳やからな」と独りごちながら、今度こそ玄関に向かった。
外に出ると、もう日は完全に昇っている。私が前回ついて行った時は、この時間はまだここまで日は高くなかったのに。
季節の流れを感じつつ、隣を歩く彼に話しかけた。
「にしても暑いね」
「ほんまにね。朝なら涼しいかと思ってこの時間に散歩してるんやけどねえ…」
「もっと早起きするしかないね」
「それはねえ……。無理だな」
あまりに潔く諦めるから、可笑しくて笑ってしまう。
ふと視界に見覚えのある緑が入って、彼を呼び止めて指を指す。
「ねえ、あれ」
「ん?ああ、あれね」
「この前ツイッターに上げてたやつでしょ?」
「そう。ゼンマイらしきものね」
急にどうしたのだろうと思っていたけれど、散歩の途中で見つけたものだったらしい。もっと生い茂った山のような場所で撮ったかと思っていたけれど、案外普通の道端だった。
「でもこれはね、ゼンマイじゃなくてコゴミだと思うよ」
「その意見リプでも来てた」
「やっぱり?」
まあ似てるよね、なんて返しながらその横を通り過ぎていつもの散歩コースを進む。
「意外と詳しいんやね、そういうの」
「まあ、田舎育ちだからね。お母さんは私より詳しいかも」
「じゃあ今度会った時にあれがゼンマイかコゴミが教えてもらお」
「……え?」
今この人は今度会った時、と言っただろうか。会う予定なんて無いのに。
きょとんとした私の顔が余程マヌケだったのか、彼が顔を見て吹き出した。ひとしきり笑ったかと思えば、こちらを見てにっと笑って言った。
「今度、会いに行こ。院も卒業したことだし挨拶しておきたい」
年齢的にもそろそろ結婚を考える歳で、彼はどう思っているのだろうと不安にならないわけではなかった。けれど急かすようになるのが嫌で、ずっと聞けないまま。思いがけず彼の心の内が見えて、なんだか嬉しくなる。
「ほんっとに田舎だから、覚悟しててよ?」
「楽しみにしとくわ」
「家に帰ったら色々決めよ」
「そうやね」
心なしか、帰り道の足取りは軽かった。