らしく愛す

 アラームの音で目を覚まし、ベッドから立ち上がる。ふと下着に嫌な感覚がして、うっと立ち止まった。

「………最悪」

トイレに行って確かめると案の定赤く汚れている下着に、思わず盛大なため息をつく。
 今日はせっかくのデートなのに。少し前まで、彼は休日を返上して仕事に行っており、私の休みとの兼ね合いで会えるのは久々だ。それなのに、これじゃ全力で楽しめない。
 今のところあまり痛みがないのは救いだが、痛みがマシな時は精神面に来るのがいつものパターン。多分今月もそう。彼に当たってしまうのが怖くて、今まではデートに被らないように調整していたけれど、毎月そうもやっていられない。
 昼前に彼が家に来てお昼頃にカフェに行こうと約束しているから、そんなに時間の余裕がある訳では無い。もっと早起きしておけばと、どんどん思考は後ろ向きになる。
 朝ごはんを食べて、メイクをして、ちらちらとスマホを見ながら準備を進める。そうこうしているうちに、『あと10分で着くよ』とのLINE。何とか準備は間に合いそう。
 ピンポーンとインターホンがなり、ドアを開けるとにこにこの彼。落ち込んでいた気分も少しだけ浮上する。

「なんか久しぶりだね。俺めっちゃ楽しみにしてた」
「忙しかったからね。私も楽しみにしてたよ。行くまで少し時間あるから上がりなよ」
「おじゃましまーす」
「どーぞ」

適当に座るように彼に声をかけて、キッチンに飲み物をとりに行く。

「ねえねえ」
「ん?」

彼が声をかけながら近づいてきた。右手に持った何かを、私にも見えるように小さく振っている。

「始まっちゃった?」

見ると、生理痛の薬の箱。飲んだ後にしまい忘れていたらしい。心配性の彼のことだから今日は家にいようと言われるに違いなく、そうならないように今日は隠そうと思っていたのに。自分の詰めの甘さに、治まっていたはずのとげとげが顔を出す。

「今日カフェ行かずに家にいる?」

ほらやっぱり。

「ううん、大丈夫だよ。そんなにひどくないから。せっかく久々にデートできるんだから行こうよ」
「ほんとに?無理してない?」
「大丈夫だって言ってるじゃん」
「でも、」
「こうちゃんはデート行きたくないの?」

ただ私を心配してくれているだけだというのはわかっている。彼も私と同じくらい楽しみにしてくれているはずだ。わかっているのに、行きたいという気持ちを否定されたような気分になって、つい強い口調で問いただしてしまう。言ったその瞬間には後悔しているというのに、撤回の言葉は出てきてくれない。

「行きたいよ。ごめんね、無理しそうで心配だったから」
「……準備してくる」
「うん。待ってる」

私のほうこそごめん。心配してくれてありがとう。言わなきゃいけないことは喉につっかえて、出てきたのはぶっきらぼうな返事だけ。なんとなく彼の顔は見れないまま、髪の毛をセットするために洗面所に向かった。
 鏡に映った自分の顔は、なんともひどい顔。むくれて、泣きそうで、かわいくない。心なしかおなかも痛くなってきた気がする。堪えきれなくなって、涙がすっとこぼれた。
 突然、コンコンとドアが控えめに叩かれた。

「……大丈夫?」

洗面所に鍵なんてついていないのだから勝手に入って来れるのに、律儀にドア越しに尋ねる。ゆっくり扉を開くと、心配そうな顔をした彼が目を見開いた。

「なんで泣いてるの?」
「……」
「ごめん、俺が傷つけた?」

不安げな彼に、精一杯首を横に振る。ほっとしたように息をつく彼は「どうしたの?」と相変わらず優しい声で尋ねた。

「……心配してくれたのに、ひどいこと言っちゃった」
「なんだよ〜。そんなこと気にしてたの?全然いいのに」
「…嫌じゃなかったの?あんな言い方されて」
「まあ俺もしつこかったかなって思ったし」

この人は一体どこまで優しいのだろう。なおさら涙が止まらない。

「ああ、また泣いちゃう」

泣いている理由が分かったからか、今度は焦る様子も無く涙を拭ってくれる。頭を撫でながら、私が落ち着くのを待っていた。

「ちょっと休んでから行く?」
「え?」
「デート。夕方くらいからでもいいかもね」
「家にいろって言わないの?」
「せっかく可愛くしてくれたのに一日家はもったいなくない?夕方になってもきつければ行かなくてもいいし」

せっかく今日のために準備したのにな、という気持ちまでお見通しらしい。一見女の子の扱いなんて慣れてなさそうなのに、案外できる男なのだ。他人への気遣いは人一倍。
 部屋に戻って、二人でのんびりおしゃべりでもしながら時間をつぶす。その間、なんか飲もうかなと言えばすぐに立って何がいいかと聞いてくれて、少し眠そうにすれば寝てもいいよと言ってくれて、腰が痛いと言えば心配そうにさすってくれる。
 これ以上ないくらい尽くされているというのに、気遣ってくれる度に、次第にもやもやしてくる。元カノにもしてあげてたのかな、なんて。そんなことを考えても仕方ないのに、一度浮かんでしまった考えはなかなか消えない。

「体調悪い?」
「…えっ、いや。大丈夫」
「ほんと?ぼーっとしてるけど」

無駄なことを考えているうちに、いつの間にか上の空になってしまっていたらしい。「大丈夫だよ」と笑いかけるけど、彼はいまいち納得していない。私の目をじっと見つめたまま、私が白状するのを待っているようだ。

「……どっか痛いとかじゃなくて」
「なくて?」
「……対応が、慣れてるからさ」
「うん」
「元カノにも、こうやってしてあげてたのかな、とか」
「……」
「…思っちゃった」

沈黙が怖くなって、やっぱり気にしないでと言おうとしたところで「ごめん!」とこうちゃんが謝った。なぜここで彼が謝るのだろう。不思議に思う私に、彼は少し恥ずかしそうに口を開いた。

「実はさ、さっき洗面所で準備してる間にめっちゃ調べた」

ほら、と言って差し出した彼のスマホの検索履歴には『彼女 生理 対応』の文字。なんだ、杞憂じゃないか。私の見えないところであたふたしていたらしいということが可笑しくて、ふふふと笑いがこぼれる。

「しょぉがないじゃん!わかんないんだから!」

大きな手ぶりで弁明をする彼は、さっきまでのスマートさとは打って変わって可愛らしい。本人はスマートな男を目指したいようだが、私としてはこっちのほうが私たちらしくて良い。

「こうちゃん、ありがとね」
「どういたしまして」

にこりと笑う彼は、今のままでも十分かっこいい。



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