塗り替えて

 約束していた時間の5分前。待ち合わせ場所に着くと、彼女の姿はまだない。いつも僕がつく前に来ている彼女にしては珍しい。それから少し待っていると、小走りに彼女が走ってくる。

「ごめん、お待たせ」
「いや、全然。走ってこなくてもよかったのに」
「立ってるのが見えたから」

息を整えながらそう言う彼女の服装に、ふと疑問に思う。

「あれ、この前白いワンピース買ったからそれ来て来るって言ってなかったっけ」

嬉しそうに言っていたはずだが、目の前の彼女は黒いパンツにくすんだブルーのトップス。

「えっと、ちょっと気分変わっちゃって」
「そうなんだ。その服もいいね、似合ってる」 

ありがと、と恥ずかしそうに彼女はうつむくけれど、そう変わらない身長のおかげでひと刷毛赤く染まった頬が見える。

「じゃあ、行こっか」
「うん」

はい、と右手を差し出すと、素直に左手が乗せられた。

* * * * * 

 なんでもない話をしながら、買い物がてらしばらく歩いていると、彼女の様子がなんだかいつもと違う。少しだけ歩くのが遅いだとか、あまり顔が見えないだとか、いつもなら相槌が返ってくるところで何も言わないだとか。小さいことなのだが、どうしても気になる。

「ねえ、山本さん」

ふと、彼女がちょんと僕の服の袖を引いた。

「ちょっとお手洗い行ってきます」

トイレを指さしてそう言うとそそくさと行ってしまおうとする彼女の腕を、ぐっとつかむ。

「待って」
「……」
「体調、悪いでしょ」

びくりと体をこわばらせた彼女の顔は、お化粧でごまかしきれないくらい血の気がない。隠していたことがばれた後ろめたさからか、彼女の視線はすっかり落ちている。

「とりあえずお手洗い行ってきな。その間に座れるところ探しとくから」

黙ってこくりとうなずいた彼女の背中を見送って、近場を見て回る。すぐ近くにもベンチはあるが、そこはがやがやしすぎている。もう一つのほうが、少し離れていると言えど十分近いし、静かだ。休む場所を見つけたら、水を買って彼女を待つ。
 戻ってきた彼女は、先ほどよりもは幾分ましな顔色だが、きつそうなことに変わりはない。申し訳なさそうにする彼女を座らせて、ふたを開けた水を手渡した。喧騒から少しだけ離れたこの場所なら、今にも消えそうな「ありがとう」も聞こえる。

「具合悪くなった原因に心当たりある?」
「たぶん、生理痛だと思う」
「……そっか。しばらく座って休んどきな」

彼女の性格上、言いずらいものだったのだろう。代わってやることはおろか、理解してやることすらできないことがもどかしい。言ってくれれば無理に外に連れ出すなんてしなかったのにと思うけれど、その辛さを想像するしかできない分際ではそんなことは言えない。

「……ごめんなさい」

彼女が落ち着くのを黙って待っていると、ペットボトルを握りしめたまま彼女が口を開いた。

「……それは何に対して?」

自分が思っていたよりも厳しい声が出て、彼女が首をすくめる。

「デートを中断させたこと?」

彼女はちらりとこちらを上目で見て、ゆっくりとうなずいた。

「あのね、」
「っ……」
「ごめん、怒ってるわけじゃないの」

できる限り優しい声でそう言うと、潤んだ瞳と目が合った。

「なんで体調悪いこと黙ってたの」
「……」
「……」
「……前に、」
「うん?」
「大袈裟だろって、言われたから」

思わずこぼれた大きな溜息に、びくりと彼女が身を縮こまらせる。
 聞くと、高校生の時に保健室から戻ってきた彼女にクラスの男子が言い放ったという。気にするなと言うのは簡単だが、それで済むならとっくに克服しているはずだ。

「僕は絶対にそんな事言わないから。だから、きつい時はきついって言って?」

結局、そんなありきたりな事しか言えない。けれど、こんなありきたりな言葉をかけ続けることで助けを求めるようになってくれるならいくらでも言おう。

「わかった?」
「……わかった」
「約束ね」
「うん」

差し出した僕の小指に、彼女が小指を絡ませた。

「じゃあ、今日はもう帰って家でゆっくりしよ」
「そうする」
「して欲しいことなんでもやってあげるよ。今日は特別大サービス」

甲斐甲斐しく世話を焼きすぎて呆れらる自分の未来がありありと浮かんで、ふふふと笑いがこぼれた。



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