惚れなおす

 端っこで両手を前に出して手を振る高松くんを見つめていると、映像から静止画へと画面が切り替わった。テレビの電源を落とし、LINEのトーク画面を開いて一番上に鎮座するその名前をタップする。

『おつかれ!』
『全部ではないけど結構見れたよ』

送信すると、すぐに付く既読。まるで待っていたかのような速さに、少し驚いてしまう。

『ありがとう!』
『マイナスになったけどね』
『片付けと反省会したら帰ります』

得点にはあえて触れなかったのに自分から言ってくるなんて。帰ってきたらいじってやろうか。そんなことを考えながら、『わかった』とだけ返してスマホを置く。
 そういえば、ヘアセットはしたまま帰ってくるのだろうか。よく似合っていたから、直接見てみたい気もする。最近少しずつ表に出ている彼は、見た目を気にし始めたらしい。前までは髪型なんてよくわからないと言っていたのに。
 ふと、少し前に友人に言われたことを思い出した。

「彼氏がかっこよくなって表に出るとか不安じゃない?」

カフェで昔の友人に高松くんの話をしたときに言われたひとこと。隣にいた別の友人も「私だけの彼なのにってなるよね」と熱心に首を縦に振っていたので、世間的には共感される意見らしかった。
 「世間的には」というのは、どうも私にはピンとこないから。恋人が垢抜けるなんて素敵な事であるし、表に出るからこそ磨きがかかるものではないのだろうか。数分前まで見ていた、珍しく髪の毛をセットした彼を思い浮かべながら、やはり私には彼女たちの気持ちはわからないなと、ソファの上で伸びをひとつ。

 お風呂を済ませて彼を待っていると、ガチャリと扉が開く音。玄関まで迎えに行くと、隙間から覗いた髪の毛はセットされたまま。恋人の贔屓目はあるだろうけれど、やっぱりかっこいい。

「ただいまー」
「おかえり、お疲れ様」
「いやー、楽しかったわ」
「マイナスだったのに?」

靴をそろえる彼に笑いながら揶揄うように言うと、「そやねんなあ、もうちょいいけたな」とわざとらしく悔しそうに笑う。

「ねえ」
「ん?」
「髪の毛、かっこいいね」
「えっ…。あ、ありがとう」

普段あまり言わない言葉に、驚いた後で照れたように視線を落としていつもと違う前髪を弄ぶ。私は彼のこの顔が好きなのだ。照れて焦っているこの顔。好きな子を揶揄う小学生の男の子の気持ちが、十二分にわかってしまう。

「慶くん」
「っ、」

洗面所に向かおうとした彼に、いつもは呼ばない呼び方で声をかける。目を見開いて私を見る彼に追い打ちを。

「髪の毛だけじゃないけどね」

固まってみるみる顔を赤くした彼を視界の端に入れながら、そそくさとキッチンに逃げ込む。どう頑張っても口角が上がるのを抑えきれない。しばらく不意打ちでこの呼び方をするのも悪くないかもしれない。
 かっこいいと言われるだけで、下の名前を呼ばれるだけで、顔を真っ赤にして慌てる彼。誰も見ることのない彼。私だけの彼がみんなの彼になったなら、また私だけの彼を見つければいいだけの話。ほら、なんて簡単な話。



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