好き?嫌い?
彼女と初めて話したのは会社の飲み会だった。その日は普段あまりオフィスには来ない子たちも呼んだ大人数の会で、見知らぬ顔に溢れていた。その前から、よく周りに気を配って人一倍真面目に仕事をこなす彼女には気がついていた。今にして思えば、その頃から少し気になっていたのだと思う。僕にしては珍しく、自分から声をかけた。
なんの話をしたかは覚えていないが、やけに楽しかったことだけは記憶している。彼女も僕の話を楽しそうに聞いてくれて、調子に乗って飲みすぎてしまった。この子のこと好きかもな、と思うくらいには。
「あのさ、来週ご飯でも行かない?」
「えっ。わたし、ですか?」
だから、ついそんな誘いをしてしまった。最初は明らかに緊張していた彼女が目をキラキラさせて話を聞いてくれるのを見るうちに、また彼女と話をしたいと思ったのだ。
「うん。忙しければ全然いいんだけど」
彼女は思いもよらぬ誘いに目を見開いたまま少し固まって、慌ててスケジュール帳を取り出した。
スマホじゃなくて紙なんだ、なんてどうでもいいことを考えながら待っていると、申し訳なさそうに顔を上げる彼女。
「すみません、来週はちょっと用事があって…」
「ああ、ごめん。さすがに一週間後は近すぎたね」
「せっかくお誘いおただいたのに申し訳ないです」
「全然気にしないで。また今度誘ってもいいかな」
「あっ、もちろん」
そう答えた彼女に迷惑がっていそうな雰囲気は見受けられない。時間が合えばランチくらい言ってくれるかもしれない。それとなく好きな食べ物でも聞いてみようか。そんなことを考えているうちに、その会はお開きになった。
* * * * *
それから一か月が経とうとしている。まだ彼女と食事には行けていない。決して僕がひよって誘えていないわけではない。もうすでに2回声をかけて、どちらも撃沈している。飲み会の日を含めれば3回だ。
さすがに3回も連続で断られれば、誰しも不安になるだろう。もしかして自分は嫌われているのか、と。
飲み会の日は、楽しそうにしていたと思うのだけど、あの後何か気に障るようなことでもしてしまっただろうか。それとも、そもそもあの日楽しそうにしていたというのが勘違いだったのか。もし苦手に思われているのだとすれば、これ以上断らせるのも申し訳ない。そう思うと、4回目の誘いは気が引けた。
「どうしよう……」
「なに、また断られたの?」
「いや、あれから誘ってない」
もう何度目かわからない悩み相談に聞き飽きたのか、福良はPCから目を離さないまま「もう一回誘えば」と呑気に返した。そんなに軽く言われたって、誘えるわけがない。
「ねえ河村」
「なんだよ」
ようやく手を止めた福良が、にやりと笑って僕を呼んだ。
「いい話と悪い話、どっちから聞きたい?」
「えっ、なにが」
「ほら早く選んで」
「……じゃあ悪い話から」
何のことかわからない僕に、返事を急かした。後味悪く終わるのが嫌で悪い話を先にしたが、一体どんな内容なのかと身構える。
「悪い話は、俺一昨日あの子とご飯行ってきた」
「……は?」
「仕事の話がメインではあったけどね」
「いやいや、そういう話じゃないだろ。じゃあなに、僕が断られてるのってやっぱり…」
こいつはなんでわざわざそんな話をするんだ。ショックで呆然とする僕に、「じゃあ次いい話ね」と勝手に話を進めていく。今ちょっとやそっとのいい話をされたくらいでは、立ち直れる気がしない。
「そん時にあの子に聞いてみたんだけど」
「……」
「河村のこと嫌ってるわけじゃないみたいだよ」
「……え?」
だとすれば、嫌われていないというのに断られていたのか。そんなわけないじゃないかと思うけれど、そうであってほしいとも思う。
「好き嫌いが多いんだってさ」
「……は?好き嫌い?」
「うん」
聞き間違いかと思って聞き返すと、福良ははっきりとうなずいた。好き嫌いが多いことと食事の誘いを断ることがどう繋がるというのだろう。よほど怪訝な顔をしていたのか、くつくつと笑いながら福良が口を開いた。
「河村にはバレたくなかったんだって」
「好き嫌いを?」
「そう。幻滅されたくなかったみたい」
「幻滅って、それくらいで…」
確かに一緒に食事に行くとなれば何が苦手か聞くわけで、好き嫌いが多いことはすぐにバレてしまう。けれど、それくらいで幻滅なんて普通しないだろう。
好き嫌いが激しいもの同士共感できるのか、福良は納得している様子。
「まあでも、わかってあげたら?好きな人にはなるべく嫌われたくないんだよ」
「……」
「……」
「……好きな人?誰が、誰の」
「河村が、あの子の」
目の前でにやにやと意地悪く笑う福良のことが気にならないほどに、頭が処理しきれない。彼女も僕のことが好き?まさか、いやでも確かに福良はそう言った。あいつがこんな嘘を吐くとも思えない。
軽くパニックな僕を置いて、福良は仕事に向かおうと立ち上がった。
「じゃあ、また誘ってあげなね。次は行ってみたらって言っといたから」
そう言って福良が出ていったドアを、しばらく呆然と見つめていた。
その日、僕が使い物にならなかったのは言うまでもない。