子供じゃないの

 付き合い始めて何度目かの、彼女が部屋に遊びに来た日。夕飯を食べ終わりテレビを見ながらのんびりしていると、「あっ」と声を上げて彼女が立ち上がった。仕事用のカバンを探っていた彼女は、何かを取り出してこちらに見せてくる。

「じゃーん!」
「何それ、ポッキー?」
「そう、会社の先輩に貰ったんです」
「ああ、そういえば今日ポッキーの日か」

そういう事です、と言いながらポッキーの箱片手に彼女は俺の隣に座り直した。
 聞けばその先輩は、同じ部署の人全員に配って歩いていたらしい。一人分は大量ではないとはいえ、全員分用意するのは面倒だっただろう。マメな人もいるものだなと感心する。女性ばかりの部署だと言っていたから、それもあるのかもしれない。

「ポッキーの日にポッキーもらうのなんて高校のとき以来です」

そう言って嬉々として箱を開け始める彼女は、実に無邪気で愛おしい。
 ポッキー1箱でこれだけ喜んでくれるなら、その先輩もあげる甲斐があるに違いない。普段から何かにつけてお菓子をもらっている気がするが、そういうことなのだろう。
 かくいう俺も、つい甘やかしてしまう一人。しかしながら、年下の、それもこんなに無垢な笑顔を向けられてしまってはそれも仕方ないというもので。

「あっ、そうだ福良さん」
「ん?」

ポリポリとポッキーを齧っていた彼女が、何か思いついた顔で俺を見た。

「ポッキーゲームしません?」
「……え?」
「ポッキーゲーム、しましょうよ」

ポッキーを一本こちらに差し出して楽しそうに提案する彼女に、つい固まってしまった。
 純粋な彼女のこと、きっと何の他意もなく、ポッキーをもらったからポッキーゲームがしたいだけなのだろう。けれど、近づくだけ近づいてお預けを食らう未来など見えきっていて、それではこちらの身が持たない。
 とはいえ、彼女を怯えさせるようなことはあってはならないわけで。そう思うと、未だに軽いキス以上のことはできずにいた。
 なにせ随分と久々にできた恋人で、何より5つも年下なのだ。大事にしたいと思うあまり、一体どこまで手を出していいのか分からない。

「じゃあ、一本だけね?」

仕方がないとそう言うと、パッと表情を明るくして彼女はポッキーを咥えて俺の方に向き直った。一回すれば彼女も満足してくれるだろう。
 彼女が咥えた反対の端からポリポリと齧っていく。すぐに終わると思っていたのに、気恥ずかしさからかなんだか途方もなく長く感じる。
 最後にちゅっと軽く触れるキスをして、彼女から離れた。これでミッションはクリアだ。
 だというのに、彼女は不服そうな目で元の位置に座りなおした俺を見つめている。

「どうしたの」
「……もう一本しませんか」
「一本だけって言ったでしょ。ほら、残りは普通に食べよ」

そう宥めても、ふるふると首横に振っている。一体どうやって諦めてもらおうか。

「あのねえ、そんな簡単にポッキーゲームしましょうなんて言うもんじゃないよ」
「……何でですか」
「何でって、わかんない?」

不満げな表情はそのままに小さく呟いた彼女に、じっと目を見つめたまま言う。ここまで言えば分かってくれるはずだ。

「……福良さん」

納得してくれただろうかと思っていると、彼女が俺の名前を呼んだ。その声は、なんだか少し怒っている。

「私のこといくつだと思ってますか?」
「……えっ?」
「いくら年下とはいえ、もう大学も卒業した社会人です」
「そう、だね?」

キッと俺の目を見つめて言う彼女の勢いに気圧されながらも、彼女の言葉の意図が掴めない。

「何の下心もなく彼氏にポッキーゲームを提案する女が、本当にいると思いますか?」
「え……」
「……」
「待って。じゃあ、」
「……いい加減気づいてくださいよ、バカ」

そう言って、口元をキュッと結んで俺の胸元をトンと叩いた。
 なんだ、じゃあ俺が勝手にお預けを食らっていただけなのか。
 自分の大胆さに恥ずかしくなったのか、いじけたようにそっぽを向いてポッキーを齧る彼女に、口角が上がる。

「ねえ、」

袋から一本ポッキーをつまんで、名前を呼びながら彼女の肩を叩いた。さて、仕切り直しといきますか。



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