面影ひとつ
あいつが事故で亡くなってはや5年。当時2歳になったばかりだった娘ももう小学生で、4歳と8歳だった息子たちもすくすくと成長した。公園で近所の子達と走り回る姿に、危なっかしさは年々見えなくなってきて、嬉しいような悲しいような。
ふと、長男がグローブとボールを持って、キャッチボールをしないかと声をかけてきた。どうやら妹は近所の女の子とそのママと遊び、弟は同い年の子と遊んでいるらしい。
お兄ちゃんだからと蔑ろにしたことは無いが、どうしても手のかかるほうを優先することはあって。久々に2人で話すのも悪くは無いと、グローブを受け取る。 距離をあけて向かいに立つ息子の手にはまるグローブがもう子供用でないことに時の流れを感じつつ、ボールを放つ。久々にしてはなかなかの軌道だ。パシッという音が響き、ボールが投げ返される。
中学では野球部に入ったという息子は、どうやら筋があるらしい。しばらく無言でボールを投げ合う。自分が幼い頃は父親とのこの時間がなんだか特別で、こいつにとってもそうなっていれば喜ばしい。
「部活、最近どうなん」
「まあ、楽しくやってる」
「そか。そらよかった」
「……」
「今度大会あるんやろ」
「うん。見に来る?」
「もちろん」
「そっか」
短い言葉がボールとともに行き来する。素っ気ない言葉と少し嬉しそうな表情のそのアンバランスさは、思春期ゆえだろうか。
そろそろやめるかと思い、息子に近づいたところで
「パパ!にーちゃん!」
と、娘の声が呼んだ。
目をやると、しゃがみこんだまま、嬉しそうな笑顔でシロツメクサの花かんむりを見せる娘。先生役の隣の家のお姉ちゃんが持つそれよりはいささか不格好だが、当の本人にとってそんな事はどうでも良く、ただ自分の手で作り上げたものを無邪気にこちらに向かって掲げる。
サラサラとなびく髪、ふわりとさがる目じり、笑うと少し出る八重歯。
――ああ、似てきたな。
思わず記憶と重なったその姿に、返事を忘れる。はっとして口を開こうとしたその時
「似てるね」
隣で息子がつぶやいた。誰にとも言わず発されたその言葉には、確かに労りの色が滲んでいる。
「凄いじゃん!」
と声をかけながら妹のほうへ行こうとする息子の頭を、ぐしゃぐしゃとかきまわす。驚いたように頭をすくめこちらを見たかと思うと、にっと笑って、「早く早く」と急かす小さな姫の元へと急ぎ走る。そのあとを追いながら、ぐっと目じりを親指で拭った。
* * * * *
その日、懐かしい日の夢を見た。あれは7年前。次男が幼稚園の行事でおらず、久々に3人で公園にでも行くかと出かけた日。
スポーツが苦手なあいつは、キャッチボールをする俺らをベンチに座って見ていた。ふと気づいたら、彼女はベンチの前にしゃがみこんでいて、どうかしたかと声をかけると手に持った白い輪っかを2人に見せた。
「じゃん!花かんむり作ってみたの」
頭に乗せてどうかな?なんて聞く彼女のほうへ歩き出すと同時に意識が引き戻される。
目を覚ますとまだ夜は明けていない。ダブルベッドの右側は今日も空いている。
なんだか寂しくなってリビングへと出た。水をはったガラスのお皿に浮かぶ不格好な花かんむりが、天窓から差し込む月明かりに照らされていた。