見慣れてく
ピロンと軽い音を立てて、スマホの画面が通知を知らせた。送り主は、付き合って3年になる年上の恋人。『仕事終わった』
『今からそっち行っていい?』
今日はいつもとは違う仕事だと言っていたからもっと遅い時間になるのかと思っていたが、案外早く終わったみたい。
まさか来るとは思っていなかったせいで、メイクも落としてコンタクトも外して、すっかりだらけてしまっている。来るなら前もって一言くれと何度も言っているのに、一向に直る気配はない。
「急に来たくなっちゃったんやもん」
そう言っていつもけろっとしている。そうやって甘えていれば許されると思うなよとも思うが、結局許しているから私も悪いのかもしれない。それに、これだけ長いこと繰り返されればいい加減慣れるというもので、最近ではその文句も言わなくなってきてしまった。
しばらくして、インターホンが鳴った。寒そうに立っているその姿をカメラ越しに確認してエントランスのドアを開ける。
彼が来るのをドアの前で待機して、廊下に気配を感じた瞬間ノックを待たずに出迎えた。今まさに扉を叩こうとしていたらしい彼の驚いた顔を見て、してやったりの気分。
「どう?びっくりした?」
「びっくりしたよ。びっくりしたけど俺じゃなかったらどうするん」
部屋に招きながらにやにやと尋ねると、ちゃんと気つけやと言いつつ軽く頭をはたかれた。
うちにやって来たはいいが、特に用事があったわけではないらしく、テレビを見るともなく見ながらとりとめのない話をする。
少しの間テレビに集中していると、隣から感じる視線。彼のほうを見ると、やけににやにやしながら私を見ている。
「……なに。気持ち悪い」
「お前仮にも彼氏に向かって気持ち悪いとはなんちゅうこと言ってんねん」
「だってにやにやしながら見られたら彼氏と言えど気持ち悪いでしょ」
「いくら俺でも傷つくわ」
そんなこと言いつつ傷ついていないことなど明白なので、気にせず「で、なに?」と聞く。
「いや、眼鏡なんやなと思って」
「え、そんな珍しくもないじゃん。もう見慣れたでしょ」
「もう見慣れたけどさ、そういえば付き合って最初のころは全然見せてくれんかったなと思って」
「そりゃまあ、見られたくなかったし」
何しろ視力が悪すぎるせいで、信じられないくらい目が小さく見えてしまう私の眼鏡。彼氏にそんな顔は見られたくないというのは、恋する乙女としては当然の心理なわけで。正直最初のころは、すっぴんを見られるよりも抵抗があった。
彼が来るたびに律儀にコンタクトをつけていたころを思い出して懐かしくなる。けれど同時に、今のだらけた自分に、ほんの少し焦りを覚える。
「なに、あの頃の恥じらいが懐かしい?」
「逆やな。そこまで心開いてくれたんやなと思った」
分厚い眼鏡がコンプレックスなせいで少々つっけんどんになった私に、相変わらずにやにやしたまま彼が答える。彼が来る時くらいもう少しちゃんとしたほうが良いのだろうかと心配していた心がほっとした。
普段は軽口を叩きあうくせに、その間合いを間違えないのは彼が大人だからだろうか。
「最初の頃みたいにしてくれって言われたらどうしようかと思った」
「さすがにそれは言わんやろ」
ははっと笑いながら彼が私の頭を撫でた。
「楽にしていいときは楽にしとかんと。無理したら長く一緒にはおれんやん」
長く一緒にいたいと思ってくれていることに、耐えきれず頬が緩む。
そこまで言ってくれているのだから、ちゃんとする日は今まで以上に気合を入れなけば。テレビに視線を戻した彼を見ながら、次のデートはとびきり可愛くして行こうと心に決めた。