捨てられないもの
「先輩ピアス開けてるんですね」「……ああ、まあね」
「なんか意外ですね」
目の前でお昼のベーグルサンドを齧る後輩は、そう言ってちらりと私の右耳に目をやった。服装も髪色も地味な、いかにも真面目そうな見た目なのに。彼女が言いたいのはそういうことだろう。
髪の毛を染めたことすらない私の耳たぶに開いたこの穴は、自分でもミスマッチだとわかっている。決しておしゃれのためではない。敢えて名前を付けるならば、執着、といったところだろうか。
普段は髪を下ろして見えないようにしているのだが、うっかり髪の毛を耳にかけてしまった。まさか見つかるとは。
「なんで開けたんですか」
「……いや、なんとなく?」
納得していない彼女の追及から逃れるように、髪の毛で耳を隠す。こんなに必死に隠すくらいなら塞いでしまえばいいものを、いつまで縋っているのか。ふっと自嘲じみた笑みが零れた。
* * * * *
帰りの電車に揺られながら、さらりと自分の右耳を撫でる。指先にあたる無機質な感触に、懐かしさがこみ上げた。
一年ほど前、恋人と別れた。何の事はない、ごくありふれた普通の別れ話。お互いの仕事が忙しくなってまだ関係を続けられるほど器用ではなかったのだ、二人とも。
嫌いになって別れたのではないというのは厄介なものだ、と今になって思う。元カレという枠に収めようにも、なかなか収まってはくれない。かと言って、まだ好きなのかと言われるとそれもよくわからない。
ただ、別れたその日にこっそり彼の部屋から持ってきた片方だけのピアスは、いまだに捨てることができない。きっと彼は、片方見つからないピアスなどとっくに捨てているだろうが。
あれからまだ一年、されどもう一年。私も彼も、少しは仕事にも慣れてきたころだろう。
ふと、ある考えが浮かんだ。そろそろこのピアスも返しに行っていい頃か。向こうが私のことなど綺麗さっぱり吹っ切れていたならそれはそれでいい。ただもしも、まだ彼も私を思い出にできていないならば、あの日の続きを始めてはくれないだろうか。
まだ引っ越していなければ、彼の最寄りは私の最寄りの4つ先。電車はもう家の最寄りに着いてしまう。決めきれないままとりあえず荷物を持って立ち上がる。電車が止まり、ドアが開いた。
電車がゆっくりと動き出す。私は先ほど座っていた座席に座りなおした。もう一度、右耳のピアスを撫でた。