隠してないで

 夜21:00、ソファに座りスマホを開く。画面の中で笑う恋人は、しばらく動画に出ていなかったからか、セットされていない髪のまま。コメント欄には彼の姿に喜ぶ人が沢山いて、私の恋人なのにとトゲトゲした自分が顔を出す。
 ファンがいるというのは素敵な事だし、それに恋人だからといって私だけの人ではない。それは分かっているのだが、私しか知らない彼がどんどん減って、彼の中の私もどんどん小さくなってしまうんじゃないかと、どうにもならない不安が心を蝕んでいく。けれど、お付き合いを始めてまだ3ヶ月。重たい女だと思われるのが嫌で、どうにか気持ちに蓋をしてきたが、どうやら今日は調子が悪い。朝から嫌なことが続き、彼に送ったLINEも忙しいのか既読すらつかない。拗ねて動画を開いても「みんなの彼」しかいなくて。
 もう今日は寝ようと思い布団に潜るも、こんなに早く眠れるはずもなく、ただただ時間が過ぎていく。気分転換にコンビニでも行こうかと体を起こすと、聞き慣れた着信音。画面には「拓哉さん」と表示されていて、すぐに出ようとするものの、今彼と話をして嫌な自分を出さずにいられるだろうかと躊躇ってしまう。そうしているうちに着信は切れていて、ほっとするのに少し残念で。我ながら面倒な性格をしているなと、暗くなった画面を見つめていると、再びスマホが揺れる。驚いて落としかけたスマホを握り直して、大事な用事かもしれないからと自分を納得させ、通話ボタンをタップした。

「……もしもし」
「ああ、出てくれないかと思いました」
「あ、えっと……ちょっとスマホから離れてて」

焦って少し声が上ずってしまう。上手く取り繕えただろうか。

「どうしたんですか?こんな時間に」

気を遣いすぎるくらい気を遣う彼が22:00を過ぎたこの時間に電話をかけてくることはほとんど無く、何か余程のことがあったのかと心配してしまう。

「………大丈夫ですか?」
「え?」
「無理……していませんか」
「………」

私の心を読んだかのような質問に思わず詰まってしまう。

「無理、してないですよ。大丈夫です」
「………」
「どうしてですか?」
「いや、ちょっと」

上手くかわしたはずなのに、電話の向こうが無音になって、なんだか落ち着かず、急かすように質問してしまう。彼は少し歯切れ悪そうに続けた。

「LINEがなんだかいつもと違った気がして。気のせいならいいんだけど」
「………」
「僕はあまり器用な方では無いので、伝えてもらわないと慰め方のひとつも分からない」

彼はすごく寂しそうな声でそう言った。何かあったことには気づくのに、何があったのかは分からない。器用で不器用な彼が愛おしくて、でも幻滅されるのはやっぱり怖くて。私の躊躇を彼は根気強く待ってくれる。

「………」
「嫌いに…なりませんか?」
「ならないよ…たぶん」
「そこは嘘でも絶対って言ってくださいよ」

笑ってそう言うと、ふふふと笑って返すのに、絶対とは言ってくれない。たとえそれが口先だけだとしても文句なんて言わないのに、安易な絶対は言わない。それが彼の誠意であり、優しさだ。

「わたしね……面倒臭い性格してるんです」
「……というと?」
「浮気はもちろん許せないし、他の女の子とお出かけするのも嫌。LINEがすぐ返ってこないと拗ねるし、ファンの人にも嫉妬しちゃう」
「………」
「…あと、拗ねたら自分の殻に閉じこもるのに、放って置かれるのはもっと嫌」

一度言い始めたら止まらなくて、自分の面倒さにバツが悪くなって段々声が小さくなる。ああ、重い女だと思われただろうか。幻滅されただろうか。それは嫌だな。自分で言い始めたはずなのに、目に涙が溜まっていくのが分かる。

「あのね、」

電話の向こうでずっと黙って聞いていた彼が静かに口を開いた。いつも以上に優しい声に、溜まっていた涙がすっと落ちる。

「そんなことじゃ嫌わないから、寂しくなったら言ってください。浮気はもちろんしないし、他の女性と出かける機会もありません。LINEはできる限り早く返すけど、多少は目をつむってください。ファンの人は大事なので……そうだな。あなたが一番近くにいるってだけじゃダメですか?」
「………」
「あとなんでしたっけ。……ああ、拗ねてもかわいいからなんの問題もないよ。むしろわがままが少なすぎて心配なくらい」

彼の言葉に答えることすらせずに、はらはらと涙を流すだけしか出来ない。

「……ほんとに、面倒じゃない?」
「もちろん」
「そんなに甘やかして、そのうち後悔するかもしれませんよ?」
「それでもいいよ」
「……後になって撤回しようとしても知らないから」
「それは撤回しても一緒にいてくれるって事ですか?」
「……ばか」

そう言ってボスっとベットに倒れ込む。なんだかさっきまでが嘘のように眠たくなってきた。沈む意識の中で、愛してるだなんてらしくない言葉が聞こえたような気がした。



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