第一話
小さい頃、共働きの両親に代わって私の世話をしてくれたのは祖母だった。田舎では近所に親戚が固まっているというのは珍しいことではなく、例にももれず我が家の隣には祖父母の家があった。平日学校から帰ると、自分の家にランドセルを置いてすぐに隣の祖父母の家に向かう。それが小学生の頃の私のルーティーン。
幼稚園の頃から遊び相手になってくれていた祖母に、私はよく懐いていた。祖母は厳しいながらも優しくて、料理上手な人だった。けれど同時に、昔気質な人でもあった。それが唯一、祖母の苦手なところだろうか。
女の子は女の子らしく。自分がそう育てられたように、祖母は私を育てた。
しかしながら、そんな祖母の教育方針に反して、幼い頃の私は女の子らしさとはかけ離れていた。スカートよりもズボンを好み、お人形遊びよりも外で泥遊びをしたがる。夢中になるテレビはもっぱら戦隊もので、おしとやかさなんてどこへやら。
「こら、女の子なんだから」
祖母はよくそう言って私を叱ったものだった。
けれど、他人の顔色を気にしすぎる私の性格は、今も昔も変わらずそうだった。いくらわんぱくなじゃじゃ馬娘と言えど、祖母のお叱りになんとも思わないわけではない。それどころか、女の子らしくしなさいと言われるたびに、自分の好きなものとのギャップに心を悩ませた。
ある日、祖母が薄いピンクのスカートを買ってきたことがあった。
「私これやだ」
袋の中身を見るなりそう言い放った私は、欲しくない物を貰ったとしても喜んで受け取るという気遣いをするにはあまりに幼すぎた。
あまり昔の記憶を覚えている質ではないが、あの時の祖母の悲しそうな顔は、何故だか鮮烈に記憶に残っている。その表情を見た瞬間、ぎくりと身体が強張った。言ってはいけないことを言ったのだと、子供ながらに酷く後悔した。
けれど、私が年相応に子供だったのは、何がそんなに祖母を傷つけたのかわからなかったことだ。v もし私がもう少し成長していたならば、貰ったものにその言い方をしたのが不味かったのだと分かったことだろう。だがそれが分からなかった私は、"私が女の子らしくないこと"が祖母を傷つけたのだと、そう解釈してしまった。
それ以来だろうか。私は自分の好きなものに正直になることに臆病になってしまった。自分の好きなものが大好きな人を傷つけるという呪縛は、あの時は言い方が悪かっただけだと分かるようになった後もなお、私の心を支配していた。
それ以来、頻繁に切りたがっていた髪の毛を伸ばし始め、嫌がっていたスカートを履くようになった。人形遊びには相変わらず興味を持たなかったが、祖母の前で戦隊ものの話をするのはやめた。
小学校に上がると、クラスには髪の短いボーイッシュな女の子もいたが、私もそうなろうとは思えなかった。目立ちたくないし、こうやって女の子らしくしているほうが普通だし。そう自分を無理やり納得させているうちに、なりたかったはずの自分はすっかり奥底に押し込められていった。
高校生になった頃には、私に対する周りのイメージも出来上がっていて、それを破る勇気なんてものは当然私にはなくて。中学から高校に、高校から大学に、進学するたびに心機一転自分を変えてみようかと迷ったが、うだうだしているうちに新生活は始まって、結局いつも通り。
そしてそれは、就職するときも変えられなかった。今度こそはと気合を入れて美容室の予約を入れてみても、気がつけば「いつも通り」と口走っている。臆病な自分に嫌気がさすが、自分はこんなもんだよなと諦めることにもいい加減慣れてしまった。
幾度目かの諦めにため息を吐いた、そんな時だった。彼と出会ったのは。
「この人のチームで働いてもらうから」
初出社の日、そう言って紹介された彼は、よろしくねと言いながらネイルの施された綺麗な手を差し出した。
揺れるピアスに真っ赤な唇。男性なのに、などという言葉は出てこないくらいに彼は美しくて、しばらく見惚れてしまった。固まったままの私に彼が不審そうな顔をしたので、慌てて差し出された手を握ると、ふわりと彼が微笑んだ。
「はじめまして、志賀怜太です。このチームは主にイベントとか担当してるから、そんな感じの仕事をしてもらうと思う。よろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
軽い自己紹介を返すと、先程と同じ柔らかい笑顔が返ってきた。その笑顔はやはり、すごく綺麗だった。
そして、入社してから一年弱が経った。いくつか大きめのイベントを終え、少しずつ仕事にも慣れてきたころだ。
当然ながら、直属の上司にあたる志賀さんと仕事をする機会は多い。綺麗な人だなという初対面の時の感想は、未だに変わっていない。関われば関わるほど、魅力的な人だ。
大事な日につけてくる口紅も、まめに色を変えるネイルも、全てが彼を美しく見せる。そんな彼に、私は密かに憧れを抱くようになっていた。
自分のこの感情が単なる憧れなのか、はたまた恋心なのか。それすら分からないまま、自然と私の視線は彼を追いかけていた。