第二話
私たちの班がメインで携わっていた仕事が無事終わり、打ち上げが開かれた。久々の打ち上げに、みんな盛り上がっている。その輪の端のほうで、志賀さんはいつも通りにこにこしながらお酒を飲んでいた。人と話していない隙を見て、隣に座る。「お疲れ様です」
「あ、お疲れ様。今回は君がよく働いてくれて助かったよ、ありがとうね」
「いえ、志賀さんこそ色々とフォローありがとうございました」
「ううん。まあこれが終わったら少し落ち着くだろうから、この土日はゆっくり休みなよ」
間違いなく今回の仕事で一番の功労者は志賀さん本人であるはずなのに、真っ先に他人の仕事を褒める。そういう人だ。柔らかい顔で私を労わる姿に、この人のもとで働く人たちが真剣に仕事に取り組む理由を見た気がした。この人に付いていきたいと思わせるような、そんな言葉をくれる。
本当にすごい人だなと、近くで仕事をすればするほど思わされる。私に無いものを、喉から手が出るほど欲しいものを、志賀さんは全部持っている。
自分の意見が明確にあって、しかもそれを相手の気分を害することなく伝えられて。他人の意見はそれが誰の意見でも耳を傾ける。周りの意見に流されてばかりの私とは大違い。
そして一番羨ましいのは、自分の好きなものに正直でいるところ。美術、短歌、メイク、ネイル、ハイヒール。彼は、自分が美しいと思うものを他人のくだらない意見で諦めたりはしない。なぜか目を引くあの美しさには、きっとそんな彼の強さが滲んでいるのだろう。
綺麗に端の上がった彼の真っ赤な口元を見ながら、自分の心の奥がジクリと痛んだ。好きを好きと言えない自分の弱さから逃げるように、グラスを呷る。
「あ、こらこら。そんな一気に飲まないの」
別の人と話していると思っていた志賀さんが、ペースを速めた私のグラスをするりと取り上げた。
何でそんなことしてんのと問われるが、あなたが羨ましくてお酒に逃げましたなんてことは言えるはずもなく、「すいません」と小さく謝る。
「…なんかあったなら、話してみる?」
「え?」
「ほら、楽になるかもしれないし」
不思議なもので、この人に瞳を覗き込まれると、話してみてもいいかもしれないと思ってしまう。
先ほど呷ったお酒も手伝って、私は話を始めた。もしかしたら、志賀さんに話すことで変われるかもしれないと、心のどこかで期待していたのかもしれない。
「志賀さんは、今の自分は好きですか?」
「えっ……?」
「私は嫌いです」
言いながら、意味もなくグラスを揺らす。溶けかけの氷がカランと音を立てた。
「すごく、嫌いです」
質問の意図を探るような視線から逃げたまま、そう繰り返した。
「なりたい自分に、ほど遠い」
「……」
「本当は、男の人くらい短い髪が好きなんです。服だって、スカートよりパンツが好き。花柄よりも無地が好き。性格だってそうです。なのに、全然なれやしない」
「……なったらいいんじゃないかな?好きな自分に」
何でもないように、志賀さんはそう言った。そんな簡単に言わないでくださいと言おうとして、俯いていた顔をパッと隣に向けると、いつも通りの笑顔だと思っていた志賀さんは、見たことのないくらい真剣な瞳でこちらを見ていた。
その強さに気圧されて思わず俯く。志賀さんの心の内が分からなくて、少しだけ怖い。
「私は、志賀さんが羨ましいです」
「…羨ましい?」
俯いたままぼそりと呟く。いっそ聞こえていなくてもいいと思いながら言った言葉に、志賀さんは不思議そうに聞き返した。
「自分の好きなものを、胸を張って好きだって言えてるから」
志賀さんはしばらく黙り込んだ後、「私は、」と静かに口を開いた。
「私は君のほうがよっぽど羨ましいよ?」
「……え?」
「君がなりたい君になっても、きっとほとんどの人は認めてくれる」
珍しく、それでもほんの一瞬だったが、わずかに剣を含んだ声にハッとする。
私を羨ましいと言った彼は、彼のなりたい姿に眉を顰める人を何人も見てきたのだろう。何も考えずに『羨ましい』と言った自分が途端に甘ったれて思えて、恥ずかしくなった。
「ごめん、これは僻みだね」
「……私こそ、すみません」
「うん、許す」
いつも通り穏やかに笑った彼は、「でもね、」と付け足した。
「私だって、初めからなりたい自分になれたわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん。ほんの最近の話」
そう言って志賀さんは、首に掛けていたネックレスをするりと撫でた。無意識なのだろうか。
寂しげな笑みを浮かべたその表情は、まるで大切な何かを想っているようなそんな顔で、なぜだか私は何も言うことができなかった。
「案外さ、認めてくれる人って多いものだよ」
少しの沈黙の後、志賀さんは笑いかけながら言った。
「怯えてて見えてないだけでさ」
緩く口角を上げてグラスに口をつけた志賀さんの横顔は、やはり美しかった。