ジンクスのその後
私の彼女は、どうやらメイクにあまり興味が無いらしい。付き合い始めたきっかけがきっかけだけに、てっきりメイクが好きなのかと思っていたが、意外にもそんなことはないと言う。彼女が普段使っているメイクポーチを見てみても、必要なものを一つずつっといった具合で、日によって変えるということもあまりしていない。
対して私は、自分の顔か人の顔かは問わずメイクが好きだったので、気になる化粧品を見つけては彼女にプレゼントするようになった。最初のころこそ遠慮していた彼女も、私が心底楽しんでいるということを理解してからは、大人しく受け取ってくれている。
そして、二人でデートに行くときの彼女のメイクは、私がすることになっている。せっかく新しいコスメを貰っても自分ではうまく使いこなせないと彼女が言ってから、出かけるときはそれが定番になってしまった。
メイクには興味のない彼女だが、洋服は私よりも詳しくて、最近ではコスメのお礼にと言ってたまに服をプレゼントしてくれることもある。いろいろな系統の服を着る彼女に合わせてメイクの雰囲気を変えることが、最近はすごく楽しい。
「志賀さんさんがしてくれるから私いつまで経ってもメイク覚えないかも」
「それは困っちゃうね」
目を瞑って私の指が肌を滑るのを受け入れながら、彼女は困ったように言う。そんな彼女にそう返しながら、満更でもない私もいる。
彼女がいつまでもメイクを覚えなければ、いつまでも私の役割であり続けてくれるだろうか、なんてくだらない事すら考えたりして。
* * * * *
そんな彼女の様子が、ここ数日いつもと違う。
今まで読み飛ばしていたはずの雑誌のメイクのページを熱心に読み、暇なときにはメイクの動画をスマホで見ている。一体どんな心境の変化だろうか。
もしかして私にされるばかりはもう飽きてしまったのか。もう次のデートは自分でしてしまうのだろうか。そんな不安がぐるぐると巡る。
けれど「もう私の役割は終わり?」なんてことは聞けるはずもなく、モヤモヤを抱えたまま数日が過ぎた。
そうしているうちに迎えた、久々のデートの日。普段なら私に準備を急かされている彼女が、珍しく早くから準備をしている。
「珍しくギリギリじゃないね。どうしたの」
「ちょっとやりたいことがあって」
やりたいこと、と言われて思わずどきりと心臓が跳ねた。自分でメイクをやってみたいと言い出されるのだろうと、心の準備をする。
「今日もメイクは私がやって良いの?」
彼女のほうから切り出されるのが何だか嫌で、ならばと自分から聞いてみる。結局断られるショックは変わらないのだから、無駄な事かもしれないが。
そんな私の心のうちなどつゆ知らず、彼女がきょとんとした顔を向けた。
「え、もちろん。どうしたの、今までそんな確認したことなかったのに」
今度は私がきょとんとする番だった。
「いいの?自分でやらなくて」
「いつも自分じゃしてないじゃない」
「それは、まあ、そうだけど」
歯切れの悪い私に、彼女が首をかしげる。けれど、最近の彼女の様子が勘違いとは思えない。
「最近メイク勉強してるんじゃないの?」
そう尋ねると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「……気づいてたの?」
「うん。だからてっきり自分でメイクしたいのかなと思ったんだけど」
「そういうわけではないんだけど…」
そう言うと、「ちょっと待ってて」とだけ言って自分の部屋に向かった彼女。戻って来たその手には、メイク道具が一式。
「ここに座って」
指さした先は、いつも私が彼女にメイクをするときに彼女が座っている席。飲み込めないまま言われた通り座り、説明を求めるように彼女を見る。
「これは…?」
「あのね、いつも志賀さんが私にしてくれるばっかりでしょう?」
「そうだね」
「だから、たまには私が志賀さんにやりたくて」
「……それでメイクの勉強を?」
「そう。まさかバレてるとはね」
えへへと恥ずかしそうに笑って、彼女はポーチからコスメを取り出した。
「メイク、してもいい?」
「いいに決まってる」
数日間のもやもやが嘘のように心が軽い。早速道具を手に取った彼女に、大人しく身を任せる。彼女の方も「緊張しちゃう」なんて言いつつ楽しそう。
「そういえばさ」
「ん?」
「君のメイクは、これからも私がしていいのかな」
瞑っていた目を開けて聞くと、目が合った彼女はにこりと笑った。
「もちろん。だって、志賀さんだけの役目でしょう?」
答えた彼女の自慢げな顔が、やけに可愛かった。