黒尾鉄朗は気づいている





 佐倉柚葉が酸っぱい飲み物を選ぶ理由を。

 自分の気持ちを、わざと後回しにする癖を。

 最初に気づいたのは、たぶん偶然だった。

 昼休み。
 教室のざわめきの中で、
 俺の何気ない一言に、
 ほんの一瞬だけ、彼女の表情が揺れた。

 ああ、これ。

 触れちゃいけないやつだ。

 そう思ったくせに、
 俺はやめられなかった。

「佐倉さーん、それ好きだよね。渋いって」

 からかえば、
 彼女は少し困ったように笑う。

 否定しない。
 怒らない。

 そのくせ、
 距離だけは絶対に越えてこない。

 ――ずるい。

 こっちは必死で線を引いてるってのに、
 無自覚で心臓の近くに立つなって話。

 佐倉はたぶん、
 自分が誰かに好かれる側だってことを知らない。

 知らないまま、ちゃんと優しい。
 知らないまま、俺の冗談を全部受け止める。

 それが、しんどい。

「甘いの入れないの?」

 そう聞いたとき、
 彼女は少しだけ目を伏せた。

 ほんの一瞬。
 でも俺には、はっきり分かった。

 ああ、これ。
 ――完全に、恋だ。

 なのに俺は、
 “気づいてる側”のくせに、何も言わない。

 言ったら、
 佐倉はきっと、困る。

 自分の気持ちより、
 俺の反応を先に考える。

 そういうやつだ。

 だから今日も、
 俺は軽い口調を選ぶ。

「佐倉ってさ、
 絶対、我慢するタイプだよな」

 本当は言いたい。

 甘くしていいって。
 欲張っていいって。

 ――俺にだけは。

 でも、それを言うのは、
 彼女が自分で砂糖を入れるって決めた日でいい。

 その日が来るまで、
 俺はこの距離で、ちゃんと好きでいる。