ワインとウイスキー

「ライ、ジンがちょっと撃ってこいだって!」

口にしながらドアを開けると、目当ての彼はちょうど煙草に火をつけたところだった。

「ロゼ、もう少し静かに開けられないのか…?」

「ごめんなさい。」

そう言いながら私は地図を渡す。

「今回のターゲットはスナイパー。ジン様が言うことには単独犯だそうでーす。
まあちゃっと行ってしゅっと撃ってすっと帰ってくるだけ、だね」

「またお前はいけしゃあしゃあと…。相手を舐めてかかるといつか後悔するぞ」



私ロゼとそこに座るライは共に組織の一員だ。同じ頃に入り同じ頃に昇格した、言わば同期というやつである。当然組んだ数も多く、我ながら息ぴったりの良きバディだと思っている。



「ともかく、早く行って片付ける。本来なら今日は休む予定だったんだが」









着いたのはとあるショッピングセンターの駐車場。外が見えるところに駐車し車内から狙撃すれば、他の者に見られる心配はない。標的は遥か600ヤード先のマンションの一室だ。

「と言うか、お前が着いてくる必要はあったのか?これなら俺ひとりで十分だろう」

得物を手に取り、ライは口にする。

正しく彼の言う通りで、実際のところこの仕事において私の出る幕はない。彼のことだ、この程度なら一瞬で終わるだろう。

だが私には別の仕事があるのだ。
ジン曰く、ライにNOCの疑いがかかっているらしい。私はその真偽を確かめてこいと。

全く、ジンは警戒しすぎだと思う。そもそもライがNOCのはずはないし、こんな凄腕のスナイパーに裏切られるなんて考えただけで組織が可哀想だ。いや、そもそも疑ってかかるからいけないのだ。ジンはもう少し人を信用した方がいいと思う。

だが確かにライは怪しまれやすい。誤解を招きそうな発言が多い上どことなくミステリアスな雰囲気も相まって、本格的に疑われて殺される可能性だってあるだろう。しかしそんなことになっては困る。私はこれでも彼を憎からず思っているのだ。


「…ライ、」

彼はライフルを固定し、ちらりと振り向いた。

「あなた、ジンに疑われてるよ」

これだけで問題ないだろう。NOCかどうかなんて初めから決まっているし、ライなら適当に対処してまた信頼を勝ち得るはずだ。

彼は、そうか、としか言わなかった。



待つこと数十分。いつまで経っても標的は姿を見せない。流石に痺れを切らしたのか、ライもスコープから顔を離し周囲を見渡す。彼に、早く帰りたい、などとぼやこうとして、刹那。

私たちは何者かの気配を背後に感じ同時に身体を伏せる。響く銃声。鉛玉は靡いた私の髪の隙間を通り抜ける。

「っ、やはりか」

やはりとは?まさか相手は複数犯だったのか?私が考えを巡らす間にライは弾の来た方に向かい数発放つ。僅かに見えた黒い影の正体に、私はやっと思い当たった。

どうやら疑われていたのは彼だけではなかったようで。そしてそれは既に確信に変わっている模様。

「ロゼ、」

彼の声に頷き私たちは揃って駆け出した。ここまでくるとあの銀髪石頭の説得は無理だろう。口を開く前に血溜まりに倒れることになる。

飛んでくる銃弾をすれすれで躱しながら、否、少し肌に掠らせながら、私たちは逃走を図る。明らかに囲まれているようで、一見それは無謀に思えた。だが彼の瞳を見ればわかる。
あれは、なんというか…、

突拍子もないことをしようとしている時の顔だ。

次の瞬間、彼は柵を超え飛び降りた。ここは5階の駐車場。当然ながら転落死には十分すぎる高さだ。驚きからだろうか、銃弾の雨がほんの少し弱まる。私も自らのみに的が絞られる前にと、彼と同様飛ぶ。不安はなかった。

体が浮いて下に落ちる、がその距離は短い。柵の真下にあった狭い足場にいた彼は、私を難なく受け止めた。

まあそんなとこだろうとは思ってたけれど。

上を抜ける弾を避けるように屈んで進み、作業用と思わしき梯子を伝って下階に降りる。

そこには黒のシボレーがいた。彼は迷わず乗り込んだ。逃走経路といい随分と準備がいいが、気にしないことにする。私も迷わず助手席に入った。


「赤井秀一だ」

彼は言った。そんな名前は初めて聞いたしこの流れではどう考えてもNOCである。今更ながら、私は自分の鈍さに頭を抱えたくなった。

だがまあ問題あるまい、私だって己の技術の向上のためと入った組織が思った以上に真っ黒で、そろそろ嫌気がさしていたのだ。正直なところ、ライがいなければもっと早々におさらばしていた。

「梶井晴琉。改めてよろしくね」

向こうの柱の影には黒いシルエット。まああの数なら心配いらないだろう。

彼はふっと笑うとアクセルを思いっきり踏み込んだ。

[back to contents]