「#名前#は無精子症って知ってるか?」
大仰に首を傾げたメローネの髪が、人工的な蛍光灯の光でキラリと輝く。長い金糸はシーツの海でゆらりと艶かしく踊り、マスクをつけていてもわかる整った男の顔は至って神妙な顔をしていて、まるで映画のワンシーンと見紛うような光景を俺は鼻で笑った。
「そういうメローネはいま俺たちが何してるか知ってるか?」
「安っぽいホテルで繁殖盛りの年頃の男二人、ベッドに転がりながらすることなんて、1つしかないだろ?」
#名前#は野暮だぜ・なんて芝居がかったように肩をすくめ首を振るメローネの蜂蜜色の頭に、ブーツ(※踏み抜き防止用の鉄板入り)を履いたまま容赦なくかかとを落とす。
「ターゲットの見張り中、な」
ここは予算の都合とターゲット監視の条件がうまいこと合致した安っぽいモーテルの一室だ。ラブホテルではないだけありがたかった。仕事なのだから、条件が一致してしまえばで別にラブホに缶詰になったとしても耐え抜く所存ではあるものの、避けられるのならそれに越したことはない。
カーテンを閉め切ったまま、窓越しの射線すら通っていないスコープを覗き込んでいるのもおかしな光景ではあるが、俺のスタンドは銃器そのものであり、そしてスコープと弾丸は時空を超えて標的を追いかけ、逃さない。そういうふうにできている。今回はサツの目を誤魔化すためにこのモーテルとは別角度からの射殺を誤認させるためのルートを引くつもりなので、ライフル銃を模した形態で呼び出していた。
俺の手にかかれば、相手に気づかれずいつでもどこかるでも暗殺をするなんてお手のもの。マァ殺すだけなら、な。
何せ今回は殺しだけで成立しないせいで、それを補うようにパートナーが設定されている。
それがくだんのメローネであり、現在進行形で俺が頭を痛めている原因でもあった。
ベッドに寝そべりスタンドで模られたライフルのスコープを一生懸命覗き込む俺を前にして、なんでこいつはこんなにブレないこだろうか。
「ッテェ〜〜……オイオイオイ、色気のない言い方はよせよ。こういうのは楽しまなくっちゃあな」
乱れたブロンドを整えることなく、彼奴は俺の脚を掴み靴の爪先をべろりと見せつけるように舐めあげた。ああもう、本当にブレないな。
気色悪い方法でじゃれつくメローネから視線を外し、再びライフルを握り直してスコープを覗き込む。目線の先には、見張られているとも知らない男が窓際で欠伸をしていた。こちらの気も知らないで。
間抜けそうな標的の男は、これでも大陸仕様の安価でよく効くと噂の麻薬をこの街に流している売人の元締めらしい。リゾットはボスからシマを荒らされた報復を与えろと命じられ、ついでに麻薬も処理することをお望みとのことだ。
アジトで暇そうにしてた俺とメローネに白羽の矢が立ち、ルートや麻薬に関する情報をメローネのベイビィ・フェイスに調べさせ、俺は売人とその他関係者の暗殺を主に担当することを命じられた。
「メローネのベイビィ・フェイスは遠隔操作が可能な反面メローネが無防備だ。#名前#のスタンドなら、暗殺と監視をこなしながら護衛も中近距離の攻防もこなせる」
「そりゃあないぜリゾット。メローネのお守りギアッチョの仕事だろ。あいつはどうしたんだよ」
「別件で出ている」
「……いや、そもそも暗殺と護衛ならイルーゾォの方が適任だ! イルーゾォにした方がいいんじゃあないか?」
「ギアッチョと共に任務だ」
「…………ホルマジオ」
「先日の任務のせいで病院だ」
「………………この際ペッシとかプロシュートとか、あとはソルベとジェラートなんかとスリーマンセルで……」
「お前はそれが最適だと本当に思っていっているかのか?」
「……………………チッ」
「まァ、頑張れ」
というわけで、俺は嫌々ながらメローネのお守りをしつつターゲットの様子を探っているというわけだ。ベイビィは既に男の家に忍び込み、そこから薬の倉庫や流通ルートなどを追跡し、メローネはその報告を逐一まとめている。
俺はといえば、メローネが決定的な証拠を纏め切るまでスコープ越しに元締めの監視と、俺たちの近辺の警戒中。安いモーテルは飯も寝心地も最悪なので、さっさとカタをつけてうまいパスタを食って自宅のベッドに転がりたくて仕方ない。
「なァ#名前#、無精子症だぜ。アンタ知ってるか?」
「あーもー終わってねェのかよその話。知ってる知ってる。精液の中のおたまじゃくしが極端に弱えっつーんだろ」
「その通りだ。ところでアンタのその表現、とってもベネだ。興奮するぜ」
「あンがとよ」
俺のスタンドはめちゃくちゃシンプルな能力をしている。スタンドそのものの射程距離さえクリアすれば、オールレンジで暗殺が可能なため単独行動任務がほとんどだ。
共にスタンドのタイプが中遠距離型であるが故に、こんな風にメローネのお守りをすることなんて滅多にないので、少し煩わしさを感じる。
うちのチームも結構タイプが別れているが、仕事が始まれば無口になる職人気質な俺やリゾット、イルーゾォに対し、他のメンツはパートナーや敵相手にベラベラコミュニケーション取りながら取り組むのだ。気質はまるきり正反対。
プロシュートなんかは、難儀な性格のギアッチョを制御してるのはメローネだなんて言うけれど、俺はメローネの厄介な質を知ってか知らずかスルーできるギアッチョが無意識に制御している面もあると思う。結構取り合わせ的には悪くないコンビだったわけだ。
そのメローネのお守りを言いつけられてしまった俺は、こいつをどのように扱うべきか考えあぐねているのが現状だ。こういう雑談も、ギアッチョならば何と返していたのだろうか。
……童貞のケがありそうな奴なので、それはもう大騒ぎして大変なことになっていたのではないかと思う。閑話休題。
「で、俺は無精子症なわけだ! 子どもは作れないのに、精液を出すって行為は実に生産的ではない。だろ?」
「へーへー。避妊の手間が省けてよかったな」
「ん? なに? 確かに、それもそうだ! やっぱアンタの発想は天才だぜ!」
──でもなァ……子孫を残せないことは、自然界における生命体としては欠陥品の烙印を押されて然るべきものだろう? なのに人間は性行為を娯楽のように無限に快楽を追求できるせいで、精子に繁殖力がなくたって、つまるところ子孫を残せなくたって別に構やしないわけだな。むしろ繁殖よりそれに付随する副次的な効果の快楽にしか興味がないんじゃあないかとすら思うね! そうでなきゃ下半身にもう一つ脳みそをつけるなんて愚行は神様だって犯さなかったハズだ!
「メローネ、下半身に脳みそはついてないぜ。生物学的に」
「あっあっ、それは別に本当のことじゃなくてな。慣用句の話だぜ」
「慣用句なら人間様の勝手な都合を言ってるだけなんだから、カミサマに責任転嫁するのはお門違いだろうが」
声高に演説するメローネの言葉を聞き流すはずが、レスバしてしまってガキすぎる自分に辟易してるというのに、構ってもらってご機嫌なのか彼奴はヒュウと軽い口笛と「それもそうか」と一つ頷いてみせた。
内心ではめちゃくちゃに呆れながらも、目はターゲットの動きに逐一注視する。本当に、こんなやつと缶詰にされてまで殺さねばならないほどの命なんだろうな、なんて理不尽な怒りすら湧いてくる始末だった。
「……別に、子作りだけがセックスの目的じゃあねえだろ」
「ふぅん。なら#名前#はなんでセックスすると思うんだ?」
「知るかよ。キモチィーからシてんじゃねえの? あとはまあ……よく言うだろかが。性的コミュニケーション。つまり愛の確かめ合いってやつだろ?」
セックスは、子作りの手段だし、快楽追求の一環だし、時には情報収集の手管でもある。しかしそれと同じくして、愛するもの同士の間で行われる尊いコミュニケーションの一つであるのだ。それを声高に告げられるほど純粋な心も体も持ち合わせていないので、少し乱暴な誤魔化し方になってしまったが。
「それは、セックスするから愛があるのか? それとも愛があるからセックスするのか?」
「それこそ知るかよ。セックスに夢見る歳でも柄でもないだろ」
「……ふーむ」
つまらない、とでも言いたげな表情をしているのかと思えば、存外奴は美しい眉を悩ましげに歪めて眉間に皺を作り、何事か考え込む顔をしていた。
顔だけは見目麗しい奴が、物憂げな表情をしただけで、まるで絵画の一枚のように見える。
「なら、#名前#とのセックスには、少なくとも愛が介在してるってことか?」
「そのトークまだしなきゃダメか? お前のおしゃべりはいつ終わるんだ。やっぱ永遠の眠りについてもらわなきゃダメなのか」
「優しく寝付けてね、パーパ?」
「もうやだよお前」
これ見よがしにしなだれ掛かるメローネを今度こそベッドから突き飛ばし、ベイビィと連絡している画面に目を走らせた俺はやれやれと本当に本当に大きなため息をついてから、冷たい引き金を優しく引いた。
……──パン
覗き込んでいたスコープ越しに、大輪の紅た花が咲く。
「……おっ終わらせちまったのか?」
「ベイビィがルートも在り処も割り出したんだ。焦らす必要もない」
「#名前#は職人気質な割に結構せっかちなタイプだよな。マァ普段マイペースな奴に性急に求められるとグッと来るしな。いいんじゃないか?」
「誰もお前の感想なんか求めてねえよ」
ひょっこり起き上がり、ベッドサイドから顔を半分ほど覗かせるメローネがチェシャ猫のように笑う。誰目線で意見してやがると睨みを利かせれば、どこ吹く風とばかりにご機嫌に笑って見せるのだった。ほんとお前疲れるわ。
「んじゃあ、もう俺らの役割は終わりかい?」
「冗談。さっさとヤクの倉庫行って全部燃やすぞ。ついでにアジトにスタンドを放り込んで一網打尽だ。行きがけに殺戮用のベイビィ仕入れとけよ」
「いいな。それじゃあ倉庫のある港までロマンティックな海辺のドライブといこう!」
「どうやったらロマンティックにヤクと売人を追いかけられるんだよ」
呆れ顔で、しかし手早くモーテルからの撤退準備を始める。わずかな痕跡も消すことを忘れない。入念でいて、素早くことを済ませる。
元より大掛かりな武器の類が全てスタンドの具現化である俺たちは、スタンドを仕舞ってしまえばほぼ手ぶらだ。車のキーをメローネから奪い、暗に運転手を務める旨を告げる。
「あんたの運転か? なら俺は助手席でホットドッグ食わせる役だな」
「止してくれ。次に口に入れる食事はエッダの作ったアラビアータって決めてるんだ。手早く始末つけて帰ろう」
「早漏は嫌われるぜ? ゆっくり楽しまなきゃ損だ」
「魅力的なベッラを前にして、ダラダラ前戯なんかしてられんだろ。男らしくガッつけ」
部屋を出てモーテルの通路に身を滑らせる。背後からは茶化すような口笛が聞こえた。
「#名前#は男らしいな。ところで今夜の予定は?」
「散々気分の悪い数日を過ごしたんで、パブで浴びるように酒飲んで寝る予定だな」
「ベネ! なら付き合うぜ、酒に溺れたアンタとヤんのはスリリングだ!」
「……オメェよぉ、ホモなのか? なんでやたら俺に絡むんだよ。ヤんねーけど」
車に乗り込み、キーを回してエンジンをかける。メローネも素早く助手席にその身を滑らせ、膝の上ではベイビィ・フェイスのパソコンを乗せた。チラリと画面を盗み見て、ルートのアテをつけると、勢いよくアクセルを踏み込み発進しさせる。あまりに勢いが強いせいでメローネは強かに後頭部をシートに打ち付けるものの、それを上回る熱量で興奮したまま口を開いた。
「そんなの、#名前#の愛が欲しいからさ!」
「……お前、やっぱソッチなわけ? なら今すぐ身の安全のためにお前を外に突き飛ばさなきゃいけないんだが」
「あっあっ待ってくれよ! 流石にこの速度で放り出されたら死んじまうぜ!」
「暗にそう言ってるつもりなんだよなあ」
俺は前を、メローネはおそらくベイビィ・フェイスの画面を見たまま目も合わせずに戯け合う。こんな話題ばかり振られて、ギアッチョは疲れはしないのだろうか。
「セックスに愛があるなんて言ってしまう#名前#はなんかウブっぽくて興奮した」
「さっきから俺の地雷の上でタップダンスかましてくれてるけど、いつになったら
「違うって、馬鹿にしてるわけじゃないんだ!」
「じゃあなんだ」
「人殺しのあとに生殖行為を愛のあるセックスって言い訳してるのって最高に皮肉ってぽいじゃあないか」
婀娜っぽく微笑む奴の表情を横目で見て、運転中でよかったなと内心でひとりごちた。もしこれがリストランテやパブだったなら、奴の表情を正面から見てしまっていただろうから。
きっとそれをまともに見てしまっていたら、ほんの僅かな可能性だが、悪くないと頷いてしまっていたかもしれない。
俺は誤魔化すように、アクセルを強く強く、踏み込んだ。
「……悪趣味だよ、バカ」
メローネは静かに笑っていた。