過保護

 書類の整理中、ちりっとした痛みを一瞬感じ、ややあって傷口からじわりと血が溢れ出した。書類で指先を切ってしまったのだ。
「あ、またやっちゃった」
「なになにどうしたの〜」
 たまたま同室で待機中だった二号が私に近寄る。
「紙で指切っちゃった」
 ほらみて、と言い終える前に、その赤を見るや否や、二号は私を抱え上げ部屋から飛び出した。所謂お姫様抱っこである。
「ちょちょちょ、なに?!」
「患部を洗浄して手当てしないと!!」
「いやただの切り傷だし」
「ダメ!!」
 有無を言わさず医務室までドナドナされる。出荷されてる仔牛ってこんな気持ちなのか。
「洗って!!」
「拭って!!」
「清潔!殺菌!滅菌!」
 どこかの婦長よろしく、過剰なほどの治療を受け、私の人差し指はアメリカンドッグのごとく包帯でぐるぐる巻きにされてしまった。
「やりすぎじゃない?」
 これじゃ動かしづらいよ、と小さなアメリカンドッグを揺らす。
「人間って脆いんだろ?これくらいしないと」
 わかってないなぁという風に、はぁ、と二号が息を吐く。いや私の体のことは私が一番知ってるが?
「小さな傷でも命取りになることだってあるんだから」
「んな大げさな」
「大げさなもんか、自分の体は大事にしないと」
 それを二号が言うか、という言葉はぐっと飲み込んだ。これを言うと彼は困ったように、ごめんね、とだけ溢して、しばらく黙り込んでしまうのだ。「少しの間、その指はそのままでいなよ」という過保護なお医者様の診断はその場では黙って聞き入れ、その後、私はこっそりと包帯を外し絆創膏を貼り直した。


 やってしまった。買い出しの帰り道に、それはもう随分と盛大にすっ転んだのである。大人にもなって人前で転んだ、という事実に羞恥心が痛みに勝つ。派手に転んだ私の様子を見た、親切な通行人の方々はぶちまけた荷物を拾ってくれた。一人一人に感謝を述べ、全部の荷物を回収し、人間ってあったけぇ〜と思いながら帰路についた。しっかりと確認してはいないが、きっと今の私は誰が見ても満身創痍であろう。こんな状態、二号に見られたらなんて言われるか、想像して少しだけ頭が痛くなった。
「ただいま戻りました〜」
「おかえり〜、買い出しご苦労様、ってあんた!ど〜したのよ」
 ボロッボロじゃないのよ!ブルマ博士が私を見て目を見張る。
「帰り道で転んじゃって……へへ……」
「ほんとドジねぇ、大丈夫?気をつけなさいよ」
 今日はもう上がっていいから、早く傷の手当してらっしゃいというお言葉に甘えて、いつもより早めに上がらせてもらった。二号に見つからない内に、さっさと自室に戻って処理してしまおう。先日気をつけろと言われたばかりなのにも関わらずにこの体たらく。人差し指の切り傷でさえ、あの大騒ぎっぷりなのだ。見つかればきっと治療と称してミイラにされてしまう。
「え、ちょっとまって」
 無事フラグ回収。こういう特定の誰かに会いたくない時って、大抵運悪くその対象とエンカウントするのよね。出会い頭に私の姿を見た二号が大きく目を見開く。あまりの惨劇っぷりに言葉も出ないようだ。このままフリーズしてる間に、何事もなかったかのように通り過ぎてしまおうか。
「お疲れ様〜」
「いや待って待って」
 ダメか。そう簡単に誤魔化されてはくれないようだ。手首を捕まれ、制止される。
「膝のタイツが破けて出血してるし、何があった?」
「外でちょっと転んじゃったの」
「ちょっとどころじゃないだろ」
 連行する!そう言って先日同様抱きかかえられる。あぁ〜包帯で簀巻きにされちゃう〜〜!!ふと彼の顔を覗くと、いつもの笑みは消え、何かに怒ってさえいるような真顔がそこにはあった。その表情に、少しゾッとする。まずい、何か気に触ることを言ってしまっただろうか。
「あの、二号さん?怒ってます?」
「怒る?何故?ボクがキミに対して怒る理由なんてないだろ」
 どうみても怒ってるじゃん。体は大事にしろって言われてたのにそれを守らなかったから?私がドジすぎるから?そうやつて怒らせた理由を考えてるうちに輸送完了、医務室に無事到着した。まだミイラになる覚悟はできていなかったが、愚かな仔牛に拒否権などないのであった。


「さっきの怒ってるのかって話だけどさ」
 ゆっくりと丁寧に私の膝に包帯を巻きながら、二号が口を開く。
「心配なんだ、こんなに怪我してるのに、『ちょっと転んだ』なんて表現するし」
 結局今回の負傷リザルトは、左膝に打撲の上に擦り傷、右手首捻挫に右手の平と左前腕に擦り傷の計4ヶ所であった。こうやって治療してもらうと、結構な負傷具合を自覚し、痛みが遅れてやってきた。よくここまで自力で歩いて帰ってこれたなと自分でも感心する。
「だって転んだ時は恥ずかしさで痛みとか感じなかったし」
「キミは自分の体のことに頓着がなさ過ぎる」
「そうかな?」
「そうだよ」
 そういうとこだぞ、と軽い諌められる。
「ボクの知らない内に、ちょっとしたことで死んじゃいそうでさ」
 確かに自分でもドジな自覚はあるが、そこまで心配をかけていたとは思わなかった。彼曰く、私があんまりにも怪我ばかりするから、いつか彼の目の届かないところで、つまらない理由で死んでしまうのではと想像したらしい。キミがいなくなったときの事を考えて、不安になって考えこんじゃった――と。
「それが怒っているように見えたのなら、ごめん」
「ううん、二号は悪くないよ」
 心配かけちゃってごめんね、と伝えると、いいよ、という言葉とともに私が好きな、人懐っこい笑顔が返ってきた。はい、できたよ。そういって、ぴっちりと巻きつけられた包帯は一分の隙もない。この間のアメリカンドッグからは随分と上達したようだった。
「キミも、ボクと同じ人造人間なら、ずっと一緒にいられるのになぁ」
 なんてね!と言いながら、私の捻挫した右手首を緩く撫でるその手は、少し震えていた。彼によってテーピングを施された右手では、その手を握ってあげることはできなかった。
「もしまた怪我したら、その時もボクに治療させてね」
 微かに揺らぐその黒曜石を見て私は、もう二度と彼を不安にさせまいと誓うかわりに、ありがとうと伝えた。
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