消光

最期には似つかわしくないほど穏やかな日々だった。人を斬って誉を得てきた彼にとっては、戦の中で終われないのは耐え難いことなのかもしれなかったけれど。刀を握れないのは、きっと辛いのだろうと思うけれど。大事な人の近況を遠くからすらも知れないのは、辛いことだけれど。私にとっては、それでも。何物にも代えがたい、幸せな日々だった。人よりも弱い身体で誰より生き急ぐ彼と穏やかな日々を暮らせたのは、少し後ろめたさを感じる私の夢だった。

「なあ、近藤さんはどうしているだろうか」
「新選組はどうなっているだろう」
「文も書けないほど切羽詰まっているのだろうか」

例え、気にするのは新選組のことばかりであったとしても。こうしてただ二人でいても、ずっと組のことを一番に考えていたとしても。そんな人だから、私は一生を掛けられたのだ。近藤さんのことも、新選組のことも、何一つとして耳に入ってこない。考えたくはない。刀も握らぬ私を可愛がってくれた近藤さんの、厳しくも気の持ち方を教えてくれたトシさんの、そんな大事な彼らが作り上げた新選組の、終わりだなんて。ここまで耳に入らないことをおかしいと思ったことはあるけれど、目の前のことに逃げてしまった。どこかで総司も考えているかもしれないけれど、気付かぬふりをしているのだろう。だから私はいつもこう返した。

「トシさんがいるんだから、きっと大丈夫だよ」

彼もいつも、そうだなと返した。そんなことを繰り返す日々。変わっていくのは彼と私の病状だけ。組を離れる頃には寝ていることの方が多かった彼は、もう起き上がることも辛かった。そんな彼の身の回りをせかせかと整える私。私の病状もそれなりに悪かった。本当は歩いていることも辛い。ただそれを彼には気付かせたくなくて、体に鞭を打ちながら日々を過ごした。
後ろめたさと隣り合わせの幸せな日々は、呆気なく終わりを告げた。穏やかに死に向かっていた彼は、本当に目の前でその命を燃やし尽くしてしまった。
そして私も。病体に鞭を打っていたせいで、病状の悪化があまりに早かった。彼を看取って、季節の変わり目すら見ないままに、生を終えた。

そしてまた、新たな生を受けた。何もかもを抱えたまま、ただ彼とは会えないのかという仄暗い絶望感を背負ったまま、何もかもが真新しい世界で家族と育った。私は、私が思っている以上に、彼を心の拠り所にしていたらしい。
総司のいない世界は、これほどまでに色褪せて、つまらない。
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