風鈴

今日も寄り道をしていた。
初めて見た時から変わらずバンダナの男の子は楽しそうにサッカーをしている。…ボールを蹴っているわけではないけれど。たまに浅黒い肌の男の子や壁のように大きな男の子たちが混じっていることもある。確か、そう、染岡くんだ。強面な見た目に反して、粗暴ではない。ただのクラスメイトとしての印象だけれど、一年過ごしていれば自ずとわかるものもある。部活動に真面目なわけではないようだけれど、バンダナの男の子とは仲が悪いわけでもないらしい。総司がいたなら、きっと叱っていただろうなあ。授業が終わっても帰宅しているようではないから、何か理由があるのかもしれないけれど。
いつも日が暮れてしまう前に帰っているから、何時まで彼らが練習しているのかはわからない。けれどここ最近はずっと練習風景を見ていた。何か面白いものがあるわけでも、満たされるわけでもない。それでもずっと、橋の手すりに凭れかかっていた。感傷に浸っていたのかもしれないし、妄想に浸っていたのかもしれない。

──あ。

そう聞こえた、ような気がした。ジャージ姿の女の子と目が合った。遠目ではあるけれど、確信した。少しの間を置いて、彼女はぺこりと軽く会釈した。慌てて、それに返す。それに多分、微笑んで、コートに目線を戻した。少し驚いたからか、心臓がいつもより大きく脈を打っている。
その日は何となく彼女が気になって、少し気まずくなって、いつもより早めに帰った。拓人が辿々しくも愛らしく、覚えたてのピアノを弾いて見せてくれた。


「ねえ!貴女、昨日橋にいたわよね!?サッカー好きなの!?」

廊下で昨日の彼女とすれ違うや否や、いきなり声を掛けられた。夕べの印象とはかけ離れていて、それにまた驚いてしまった。彼女ははっとして、頬を赤らめ、手を合わせた。

「ご、ごめんなさい、いきなり。私、木野秋って言うの。」
「あ、ううん。私は神童鈴音。昨日、目が合ったもんね。」

彼女──木野さんは、やっぱりそうよね!と身を乗り出し気味に続けた。サッカーにとりわけ興味があるわけではないけれど、連日ずっと見ていたと伝えると余計な誤解を招くだろう。しかしこのままサッカーが好きなのだと誤解されるのも、忍びない。

「サッカーが特別好きなわけではないんだけど、目を引かれちゃって。バンダナの男の子が楽しそうだったから。ごめんね、不快な気持ちにさせちゃったかな。」
「全然そんなことないわ!きっと円堂くんね。彼、見てるだけでもサッカーが大好きなの伝わってくるでしょ?」

彼は円堂くんというのか。天馬くんたちを思い出したのも、河川敷に通い始めたのも、彼がきっかけだった。木野さんが楽しそうにしているのも、円堂くんの影響だったりするのかもしれない。
上機嫌な木野さんと言葉を交わしていると、授業開始五分前のチャイムが鳴り響いた。そろそろ教室に戻らないと。話を続けながら、足を進める。
あ、と声が上がる。

「隣のクラスだったのね。ねえ、今日もぜひ見学に来てね!」
「うん、そのつもり。」

じゃあね、と手を振って、壁を挟んだ隣の扉をくぐった。見学、見学か。あれは確かに見学だったのかもしれない。入部予定はないけれど、それはそれ。覗き見のような気分でいたことに今更気付いた。見学という建前を得た今は、それほど気まずくはなくなったけれど。
習慣になり掛けている放課後は、数時間後にはやってきている。それに少し、気恥ずかしさを覚えた。
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