一枚の鱗

今日から高校生になる。
真新しいローファーのつま先を地面に数回落として、履き心地を調整する。焦凍は既に準備を終えて、私を待っていた。眩しそうに目を細める姉さんの目を見る。

「じゃあ、いってきます。」
「いってきます。」

背中で姉さんの声を聞きながら、先を行く焦凍に歩み寄る。いつかよりずっと険しくなってしまった片割れが、私に剣を向けたことはない。憧れのヒーローと同じ学校だね、と他愛のない話をしながら足を進める。同じだけの言葉が返ってきたことはないけれど、邪険にされることもなく、ただ聞き役に徹しているようだった。焦凍は元より話すことが得意な方とは言えなかったけれど、ここ数年で随分と変わってしまったように思う。優しい子なのに、人が寄り付かないようになってしまった。

がたごとと電車に揺られる。通勤時間帯の満員ラッシュで、人に押し潰されてしまいそうだ。焦凍が庇ってくれてはいるものの、息は苦しい。せめて、と私に凭れるよう言ったけれどこれが毎日は疲れるだろうなあ。この状態が辛いのか苦しいのか暑いのか、焦凍の顔に出ることはない。答えの出ない予想ゲームだ。慣れたものだった。
満員電車から解放されて、同じ制服の生徒たちと同じ道を歩く。にこにこ。きっと焦凍はまたつっけんどんな態度で敵を作ってしまうだろう。だから代わりに愛想良く笑って、その場をフォローしなければならないことになるかもしれないのだ。以前は大きく失敗してしまったから、ひどく嫌われてしまった。今日は大事な日だ。気を引き締めて、愛想良くしよう。

「…何笑ってんだ。」
「笑顔の練習、焦凍も笑って!」

ふいと顔を背けられた。その気はさらさらないのだろう。どうでもいいとさえ思っているかも。とどのつまり私が状況を理解してうまく立ち回ればいいだけの話だ。私たちは二人で一つなのだから。突っ張った態度を崩すつもりのない焦凍に、誰かがぶれて見えたような気がしたけれど、気が付かないふりをした。
焦凍は、焦凍だ。
その名に恥じない立派な──軍用施設かのようなセキュリティ設備が徹底された校門をくぐる。軍人ヒーローを育成するのだから、あながち間違いでもないだろう。玄関口を抜けてすぐ、教室案内を見て教室に向かう。階段を上がって長く広い廊下を歩いた先に見えた教室の扉は、クラス名が大きく書かれていて非常にわかりやすい。ざっと5メートル程ありそうな扉を開けた。この教室で、まだ見ぬクラスメイトたちとヒーローを目指すのだ。

今日から雄英高校での生活が始まる。
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