自分がおっちょこちょいな事は、物心着いた時から自覚している。
真っ直ぐ歩いている筈なのに溝に嵌り、石に蹴躓き、階段は転げる。はたまた電柱にぶつかり、バスケットボールは顔面に当たり、バナナの皮なんて落ちてようもんならもう。
杏が歩けば棒に中る、とは友達の言い分で。何とも当たっているので、言い返す事も出来ないのが現状だ。
おかげで、常にタオルとバンソコは持ち歩いている。女子力ではなく、必要だからって言うのが悲しいところだ。
気をつけているつもりではあるが、一向に改善されないこの状況はいっそ、神様の悪戯なのではないかと結構真剣に思っている。
まあ、そんな私が、だ。
人通りの少ない、真っ直ぐな道路で、一人で歩いていたにも関わらず、人にぶつかって盛大に転げて尻餅をついてしまうのは、世の常なのだ。
「うぉ、大丈夫か?」
ぶつかった相手は私の盛大な転げ方に驚きつつも、わりぃ、考え事してたか、と謝りながら近づいて来て。
私の天文学的おドジが悪いのであって、きっと真正面にいる彼が悪いわけではない。
だがしかし、そこを一から説明すると私の幼少のころからの悲しき歴史を語ることになり、ついては一日を越える超大作になってしまうので、大人しく「こちらこそごめんなさい」と謝って顔を上げた。
綺麗な顔をしているな、と思った。
澄んだ蒼い瞳がこちらをまじまじと覗いてくるので、その瞳に吸い込まれそうになる。思わず、見惚れてしまうほど。
「もしかして、新手のナンパ?」
「へ?」
手を差し伸べて来た蒼い瞳の彼は、にやりと笑って不可解な事を言ってきた。
思わず、取ろうとしていた手が空を切る。ぽーっとしてしまってたのもあってか、間抜けな声を出してしまう。
なにが、どうなったらこれがナンパになるんだ。どれだけ体張ったナンパだよ。当たりやのお色気バージョン?と、突っ込みたいこと山の如しであったが、あくまで相手は初対面の人だ。しかも顔がカッコいいと来ている。
「お詫びにお茶でも、と言って貰えなかったら成功しないような確率の低い行動をするほどギャンブラーじゃないです」
とまあ、私なりにオブラートに包んで見たわけで。
目の前のかっこいい男の子は、私の返事にケタケタと笑っている。ふわふわした黒髪が一緒に揺れるので、体ごと震わせて笑っているのだとわかる。そこまで笑わなくてもいーのに!
さっさと起きよう。そう思い、笑いながらも差し出されたままの手を、図々しくも拝借しようと、再びその手を取ろうと手を伸ばす。
「わりぃ」
そう、相手も笑いを堪えながらも起こしてくれる──筈だった。
とうとう、人をも巻き込むドジっぷりになったか。
何をどうしてそうなるのか、もはや自分でもわからないが。引っ張ってもらうときに、踏ん張ろうとした足元に石があり、再び転げた。
ぎゃ!と色気も何にもない声を出して、私は引っ張られる腕の方に、勢いよく倒れこんだのだ。
彼も、そこまで想定していなかったのだろう。
引っ張る力があいまって。
──今度は、彼を押し倒すような形にすっ転んだのである。
情けなさ過ぎる。情けなさ過ぎて、涙も出ない。ああでも連続二回は久しぶりだな。足ひねらなかっただけ偉い私。
思わず現実逃避していると、耳元で声がした。
「──やっぱ、新手のお誘い?」
100%私に過失があるのであるが、迷惑をかけまくっている目の前のこの人が、楽しそうにそんな風に言ってのけるのには、一体どうしろというのか。
うわわ!顔が近い…!
「ごめんなさい私が悪うございました許して下さい」
棒読みで言って退け、慌てて倒れこんだ体から起き上がろうと体を起こすと、逆にぐい、と体を引っ張られた。
「ぎゃ!」
再び色気もそっけもない声が出る。少しはかわいい声が出せたら良いものを。せめて、「きゃっ!」くらい言えば良かった!
「青はいいねー。爽やかで」
そんな私の色気のない声は気にも止めていない様子で、そう耳元で囁かれて。
一瞬、はて?と首を傾げる。
「体を張ったナンパで、パンツまで見せてくださって。いやーサービス旺盛」
ぱちり、とウインクされた。普通の男の人がしても気持ち悪いだろうにさすがイケメンは様になるな、と見惚れるが、言われた内容にはっとする。
最初にぶつかったとき、パンツ、見られた…!!
今度こそ勢いよく相手の体から飛び上がる。拍子に、近くの塀に頭をぶつけたが、それどころではない。
くっくと笑っている彼も、ゆっくりと起き上がった。
「あ、み、みっ!!」
見たの!?てかわざわざ言わなくても!言いたいところだが恥ずかしさに声もでない!
「ばっちし。捲らずに見せてくれる子はそーいねーからなー。ラッキー」
「……うぅっ!」
厄日だ!いつものドジ以上に今日はひどい!
憤っている私に、立ち上がった彼がちょいちょい、と手招きする。
なんだろう、と彼を見ると。片手には、多分、私が転げた原因の一つであろう石ころが。
「よーく見てろよ?」
楽しそうに笑う彼に誘われて、その手のひらをじっと見つめる。
「ワン、ツー、スリー!」
石ころを手で握って、三秒数えたと思えば、その手の中には、複数の絆創膏。
「わぁ!」
なに今の!魔法みたい!思わず声を上げた私に、彼は「やるよ、膝、血出てる」とその絆創膏を手渡して。
「あんた、名前は?」
「浅黄、杏」
「俺は黒羽快斗。杏、その盛大なナンパに乗っかってやるよ。お詫びにお茶でも?いいもん見せてもらったお礼に、なんかマジックしてやるよ」
にかり、と笑う彼はやっばり格好良くて。
天文学的にも学術的にももはや解明不可能なこのドジっぷりも、偶には役に立つものだ、と現金にも思ってしまった。
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