#95_K



「──へぇ。どこか小難しい顔してるから、出立前にアンニュイになってるのかしらと思って声かけたんだけど。ふーん。そういうこと」


良いお友達じゃないの。

東都大の、浅黄博士の研究室で。
哀ちゃんが訳知り顔して笑う。


俺は机に突っ伏して「だあって哀ちゃん。あいつらなんでか知んねぇけど、今回のことうっすら気付いてるような感じだったしよ…」と愚痴をこぼすと、さらに笑みを深めて。

こんな大人な顔して笑うのに、見た目小学生とか。
本当哀ちゃん、どえらいもん作ったよなー、って思わず感嘆してしまう。



にしても。
本当、あいつらなんなの。

俺、ひと言も言ってねぇのに。
どっかに予告状出してるとかでもねえし。今回の件は極秘密裏に動いてんのによ。

なんでわかんだろ、本当。

俺、顔に出てんのか?
いやいや…探偵と魔女がやべぇってことにしておこう。
でないと俺のマジシャンとしての矜持が…。

そんな風に横にいる哀ちゃんを余所にもんもんとしていると、浅黄さんの一声が届いた。



「──じゃあ、始めようか」

その声に、しん、と場が一度静まり返る。



多分、これが、ドバイへ立つ前の最後のミーティングになるだろう。
俺より先にあちらに出向いている千影さんが、パソコンの画面越しに映る。


『快斗ー、聞いたわよ?何、今度の富士山スイートメモリーは上手くいったわけ?』


張り詰めたような雰囲気をぶち壊しにするようなその第一声に、思わずずるりと身体が傾いた。


「母ちゃん…今から、大事な会議なんすけど…」

『あら。息子のスイートメモリーが成功したかどうかも、母親にとっては大事なことなんだけどー?』

「確かに。今回は俺も、多分博士も邪魔しなかったしねぇ。それで富士スイートメモリー計画が失敗してたら、黒っち本当哀れだよねぇ」

「したよ!くそ!素晴らしく楽しい旅行でしたよ!てか何でもう皆知ってるんだよ!」



誰かさんが、ちょみっと落ち込んでたから。

と、二方から声がかかると同時に、浅黄さんが頬を掻いていた。
親父心の複雑な気持ちを、ダダ漏れさせてたわけですか。


「まあ成功しただろうねぇ。黒っち暫くなんか浮かれてたし。あーあ、博士もお気の毒ー。大事な作戦の前なんだから、あんまり浮つかないようにねぇ」

「おまっ…!!」


にたぁ、とでかい口をいやらしく歪ませて、楽しそうに笑う。
俺と浅黄さん同時に揶揄うとか!

本当こいつ、本当イヤ!


「何だろう…頭ではわかってるんだけどね…この、無性に寂しい気持ち…何だろう…」

「あーあー。黒っちが博士泣ーかせたー」

「殆どオメェの所為だろうが!」

『あらまあ。ウチの愚息がごめんね。ほら、高校生だから。色々我慢効かなくて。多分早──』

「母ちゃんもあんま具体的に言わないでくれっかなー!?」




「──始めないなら、帰るけど」



大の大人がぎゃーすか騒いでいる中。
そんな絶対零度の声色が、可愛らしい赤毛の小学生から発せられて。

いい大人達は一斉に静まり返った。





「さ、さて。始めようか」

こくこく、と哀ちゃん以外の全員が首を上下させて、最後のミーティングは始まった。


開催会場が掴めたこと。
その会場の見取り図。
オークションに参加する予定の人物リスト。

そんな様々な情報が、ミーティング中飛び交う。

どうやら俺が盗み出す予定のピンクアイオニーが、どこに保管される予定なのかまで、しっかりと調査済みのようで。

思わず関心して、ほー、と声が出てしまう。


「母ちゃん、よく調べ上げたな」

『私を誰だと思ってるの?──まあ、心強い協力者もいたから、ね』


…誰のことだ?

疑問には思ったが、それ以上母親は何も話さなかったので、そこに突っ込んで聞くことも出来ず。





──そうしてどんどんと、迫り来る出立の準備に。
武者震いのようなものをおぼえる。



こんなデケェヤマで、セキュリティもやっぱ半端ねぇ。

──そして、絶対、何が何でも失敗出来ねぇ。



…ナメんなよ。こちとら、伊達に月下の奇術師なんて名乗っちゃいねぇよ。


そう、ニヤリと口角を上げ、士気を高めていると、母さんの声が届く。




『──で。快斗、杏ちゃんには、ちゃんと話したの?』



痛いところを突かれ、ぐ、と言葉に詰まった。


「…まだ。つーか、海外飛ぶことすら、知らねぇままだ」

俺の言葉に、哀ちゃんと母親の両方から同時に溜息が聞こえた。


…くそ。
そう簡単に言えてたら、苦労しねぇよ。

だってしょうがねぇだろ?
杏のこと、泣かせたくねぇんだよ。


そんな女性陣の無言の訴えを苦々しく思っていると、緑っ君の横やりが。


「まあまあ。黒っちが居ない間のフォローは俺がしっかりしておくから。たぁっぷり杏ちゃん甘やかしてあげる」

「おめぇ程信頼出来ない奴はいねぇんだけど!?まじ、俺の居ねぇ間に杏の身体どっか触ってみろ。同じ場所抉り取るかんな」

「うわ。黒っち、目がマジだねぇ」

「目どころか、心から本心で言ってっから」


うわーこわーい。とにやけ顔で言われても、全然怖がってねぇって丸わかりだよ!くそ!


ああもう、ほんと、杏のことどっか閉じ込めておきたくなるくらい心配になってくるぜ…。
こうなったらもう、宝箱に大事に大事に、しまっておきたい。


そんな胡乱な目になっていた俺に、呆れたような声が横から届く。



「…仕方がないから、私が少しはフォローしてあげるわよ」

「…哀ちゃんが?」

「──何よ」


文句あるの?とこちらをジト目で見る哀ちゃんに、ぶんぶんと首を180度振り切った。


あんま簡単には、人に心開かなそーな哀ちゃんだけど。
あと、他人のことに首突っ込まないタイプっぽいけど──なんでか確かに、杏には、優しいし、な。

杏が刺された時も、大分助けてもらってる。



「──わりぃ、頼みます」


深く腰を曲げると、哀ちゃんの呆れたような声が、頭上に届いた。



「貴方の為じゃないわよ。杏さんの為。──ったく。せめてちゃんと、出立する日くらいまでには。離れてても杏さんの心を繋ぎとめておけるように、バシっと決めてきなさいよ?」

「…肝に命じておきます」

「フォローはするけど、どっかの馬の骨に盗ってかれても知らないから」


さすが哀ちゃん。容赦無い。
俺の不安を煽らないで欲しいんすけど。
──やっぱ人間が入れる大きさの宝箱を作るしかねぇのか。



「…まあ、天下の怪盗キッドともあろう者が、自分の宝物、横から掻っ攫われるのを。許すわけ無いわよね?」


──しゃんと、しなさいよ?

そう、口角を上げた哀ちゃんの笑みは、本当、小学生とは思えない表情で。

ひゅー、と緑っ君が分かりやすく囃し立てるような口笛を吹いた。


「わお。なんか俺、哀ちゃんに惚れちゃいそ」

「…緑水君。私に指一本でも触れたら、ロリコンって通報させてもらうから」

「通報されたら、多分博士が仕事回らなくて困るだろうねぇ」

「え、僕?ここで僕に振る?…いやうん。そうだね。僕もしゃんと、しないとね」


そんな言葉と共に、かたり、と椅子から立ち上がった浅黄さんが、俺に向かって深々と頭を下げて。


「──黒羽快斗君。いや、怪盗キッド殿。…大変、難しい依頼をしてしまって本当にすまない。──どうか、よろしくお願いします…っ」


震えているような声と。一向に上がってこない頭部。親としての心からの思いを感じて、ぐっ、と胸が詰まる。

慌てて面を上げてください、と告げると、こうべを垂れたまま、ふるふると首を振られた。


「ひどく、自分本位な無茶な頼みごとをしてしまっている自覚はある。娘と同い年の君を身の危険に晒してしまうのは、大人失格だと思う。…それでも。君なら出来ると、僕はそう信じてる」



──なんてったって、娘がベタ惚れの男なんだから。



そう、やっと面を上げた浅黄さんは、へにゃりと笑って言い切った。




「そーだねぇ。俺も、黒っちならイケるって、確信してるから」

そんな緑っ君の同意を示す言葉に、皆が頷くのが見えて、なんだか思わず笑ってしまう。



「オメェの確信って、妙に不安になっけどな…」

『ウチの自慢の息子よ?成功させるに決まってるでしょう?』

「母ちゃん、ちょっとそれは恥ずかしい…」



そうして、皆で笑って。




まあ、なんやらよくわかんねぇけど。

おめぇらの檄は確かに受け取ったよ。




「──ま。いっちょ、やってきますか」


そんな俺の言葉に、皆が力強く頷いた。







大丈夫だ。杏、おめぇのことを助けてぇ奴らが、必死こいて、やっとここまで来たんだ。



──最後の大詰め、やってやるよ。







だからさ。

杏。
おめぇに、俺を刻み込んで行ってもいいか?