#102





目が覚めた瞬間。
見慣れた天井が目に入った。



思わずがばり、と、身体を起こす。


キョロキョロと辺りを見回しても。

これはどう見ても、私の部屋だ。
着ている衣服も、いつものパジャマで。


…夢だったのだろうか。

そう思わず疑ってしまいそうになり、耳たぶをそっと指でなぞる。
着けてたはずの、ピアスが、そこになくて。

でも。
まだ少し、穴が空いてた跡のような、ぷつりとした感触が残っていた。

その事実に、昨日の出来事は夢ではなかったんだな、と実感する。
穴はもう、ほとんど閉じてしまっているだろうけれど。

──ピアス、どこいっちゃったんだろう。


と、そこで。
ベッドサイドに置かれていた箱に気付いた。

昨日の。と、ぱかりと開く。



「──っ…!」


四つ葉のクローバーの、クロバ印の世界に1つのオリジナル。

その、ピアスが。

箱を開けると、入っていて。


一緒に、キッドの予告状のようなカードがひとつ。





──杏の身体に跡残すのは、俺の役目だから。
ぜってぇ、俺が帰ってくるまで、勝手にピアス付けないよーに!

じゃ、ちょっくら行ってきます。






そんな、快斗くんの字で書かれた言葉と共に、キッドマークがひとつ。



「…っ、なん、で…!」


こみ上げてきそうになる、喉の奥の熱いものを。
口を手のひらで抑えて、馬鹿みたいに堪えた。



──泣いて欲しくねぇって。


そんな、言葉が耳に残ってるから。



きっと、快斗くんは、キッドさんは。

彼がいないところで私に泣いて欲しくなくて。


だから。あんな風に、私に刻みつけていったんだ。

こんな、ピアスものこして。


着けてと言ったのに。あなたを感じて居たいからって、言ったのに。
結局こうして、外してくんだ。

痛くてもいいって、言ったのに。


──本当、勝手なことばかり。



あんな風に、別れを告げられたら。泣きたいに決まってるじゃない。


勝手だ。
勝手なんだから。



「──ばか」


熱くなってきている瞼に、喝を入れる。


あなたがひとり、大切な何かを、手にするために。
危険に立ち向かっていったなら。



──私は、わたしも。


少しは、まえに進まないと。


そう、決意をこめて。

とりあえず、いつまでもベッドに寝てないで、まずは着替えないと。


…今何時だろ。
お日様の様子を見ても、お昼くらいになってそうだ。

今日から連休入ってて良かった、と思いながらクローゼットに向かうと。


昨日の夜。
キッドさんによって早着替えされた、ワンピースが。

ここにも、キッドカードがひとつ。




──帰ってきたら、これ着て、またデートしような。






「…っも、どこまで…」


快斗くんらしい、としか言いようがない。
このひとつひとつ、私が驚くのを、わかってやっていったんだろう。
芸が、細かいというか、なんというか。

驚いても、驚いた先に貴方が居なければ意味がないのに。

なんて、少し心の中で、快斗君に愚痴をこぼしながら。



──もしかして。
昨日、魔法の最期の仕掛けのように、快斗くんが私の首元に飾ってくれた、あれも。


快斗くんなら、という予感とともに、普段お母さんの形見のネックレスと共に、大事にしまっている場所へと進む。


かちゃりと、ボックスを開けると。
元の場所に収まってるネックレスと共に、やっぱり白いカードがひとつ。


かさり。とそれを手にとった。






──なかなか簡単には外れねぇ仕組みになってるって、前言ったろ?
だから、落とさないように!って大事にいつも閉まってっけどよ。

毎日俺が見守ってると思って、ちゃんと普段から身につけとくよーに!


つーことで、ネックレス通して俺が見守ってんだから、ドジって怪我すんのは重々気をつけろよ。


外で、一人で走らない!
雨ん時は滑り止めついた靴使う!

あとドブのある場所には──まあいいや。
とにかく、よそで転んだりして、ほかの野郎に容易くパンツ見せんじゃねぇーぞ?






そんな、快斗くんらしい最後のしめくくりの言葉を読み終えて。

はーー。と大きく息を吐いて、上を見上げた。




本当にもう。こんなさ。

自分が、大変なことをしにいくっていうのに。
わたしのことばかり気にかけて。

どこまで私の心を奪ってくの。




「…泣かせたくないのか、泣かせたいのか、どっちなの…っ」






上を向けば、涙が零れないと、かの人は歌ったものだけれど。


どうにもこうにも、そんなうまくはいかなくて。



そうして。
ぽたりとひとつ。
雫が零れた。