#104
「──まず、確認なんだけど…。哀ちゃんは、私のお父さんに、私の身体について、話を聞いている。で、合ってる?」
「ええ」
「どういう、関係なのか、聞いても?」
「…お互いの利害一致における、協力者、かしら」
「──そっか。哀ちゃんに協力してもらえるなんて、お父さん中々やるなぁ。…じゃあ、快斗君も、その、1人?」
「そうね。私の方が、もともと貴方の身体に対するプロジェクトに参加するのは早かったとは思うのだけれど…いつのまにか、参加者の1人だったわ」
「──私の身体のことで、いつのまにか、沢山のひとが動いていたんだね。…じゃあ、快斗君の、ことも…」
…これは、聞いてもいいものか迷う部分で。
もし、知らなかったら決して言ってはいけないことなので、とても曖昧に聞いてしまった。
そんな私の曖昧な問いにも、哀ちゃんはわかっている、と言わんばかりに、頷いて。
「ええ。彼のことも。…そうね。仮の姿が、子供、という意味を持つ点では…彼と私達は、同じ穴の狢なのかもしれないわね──」
どこか自嘲を込めた笑みを浮かべて。そんなことを言う。
──仮の姿。そして、協力者。利害一致。
哀ちゃんは、やっぱり。あの、病院で見た、あの姿が、本当の哀ちゃんなのだろう。
哀ちゃんのことも、もっと話をちゃんと、聞きたい。
けれど、それこそ、哀ちゃん自身のことを、私から根掘り葉掘り聞くのは違う気がして。
なにより、まずは、自分自身と、快斗君のことだ。
「…快斗君は。私の、この異常な体質を改善する何か、をするために。──どこかへ、行くと、決めたんだよね?…快斗君は自分の目的の為だと、言っていたけれど。多分、それは。私の責任を感じなくするためなんじゃ、ないかって」
「いいえ──本当に。彼自身の、目的でもあるの」
そこで。じ、と私を見て。
そうして、微笑んだ。
「…浅黄さんも、黒羽君も。貴女を、とても大切に思ってる。それは、きっと、貴女もよくわかってるものね」
こくり、と無言で頷くと、哀ちゃんは笑みを深めて。
「私も。貴女は、むやみやたらに、誰かの秘密を聞きたがるタイプではないと、そう思ってるわ。私のことだって、気になることが沢山あるでしょうに」
「…うん。気にならないと言ったら、嘘になるけど…」
「そこで聞かない優しさを持ってる貴女のそういうところ、嫌いじゃないわ。──それでも。自分の知らないところで、自分のことで。自分の大切な人が、危険に立ち向かうなんて、嫌よね」
だから、私は。杏さんには、全てを知ってほしいと。
そう思うのよ。
そうどこか、慈しむような表情で言葉を紡いだ哀ちゃんから、続いた内容は。
正直、絵空話のようだった。
「──私の身体の中に、その、パンドラっていう、宝石が」
「そう。貴女のその身体の異常な再生能力も、転んだり、何かが落ちてきたり、そういう不遇な様々な現象も。──全て、その宝石がもたらす周波が影響しているの」
そして、貴女の身体の中のその石こそが。怪盗キッドが探し求めていた、宝石なのだ、と。
哀ちゃんは、淡々と話をしてくれた。
決して、感情を入れずに事実だけを話してくれたのは、きっと、彼女なりの気遣いだ。
どこか現実味を帯びてこないのは、未だ実感がわかないからだろうか。
このままだと、死なない身体になるなんて。
あまりにも突拍子もない話で。
なぜ。私の体にそんなものがあるのか。
なぜ、快斗くん──キッドさんは、それを探していたのか。
なぜ、父は、快斗君の正体を知ったのか。いつから。
まだまだ、わからないことが沢山あって。
「なん──」
続けて教えを請おうと、声を上げたところで、哀ちゃんの携帯が鳴り響き。
思わず、びく、と身体を揺らしてしまう。
液晶画面を覗いた哀ちゃんが、軽く片眉をあげた。
「──大事な話のときにごめんなさい。少し、電話に出てもいいかしら」
「うん、もちろんだよ」
なぜかざわりとする心を、落ちつけ、と宥めながら頷いて。
「──はい」
そうして、思った以上に相手が焦っていたのか。
大きな声が、こちらまで聞こえた。
『──哀君!?君、何か…何か、知らないか!?ピンクアイオニー奪還計画の、資料が…、全て!データも、何もかも全て、綺麗さっぱり、消えているんだ!!』
──お父さんの声だ。
…話はさっぱり読めないけれど。それって、もしかして。快斗君が関与している計画のことじゃ、ないの?
「──っ」
思わず息を止めて。ぎゅ、とネックレスを握りしめた。
電話に注視してしまっていた私の目に映る哀ちゃんが、あの人…と、大きなため息をひとつ。
「…まあ、そこまで考えが至らなかった私達も間抜けだけど。あのハートフルな怪盗さんがやりそうな事ね」
眉間に皺を刻みながら。こちらに視線を配り、哀ちゃんは言葉を続けた。
「──大方、“何か”があったときに、こちらにまで悪影響を及ぼさないようにでしょうね。…今回のピンクアイオニーの件と、こちらを無関係にしておきたかったのでしょう」
──かい、と、君…っ!
思わず、口から何かが漏れ出てしまいそうになり、ばっ!と口を手のひらで覆った。
あなたが、どれだけ、危険なことをしようとしているのか。
あなたが、どれだけの覚悟をして、その場へと向かったのか。
わかってなかった。
何も知らずに、見送ってしまった。
「…で。黒羽君も、千影さんも、連絡が取れないわけね。まあ、それだけ粗方綺麗さっぱり証拠になりそうなもの隠滅させられたんだから、関係を匂わせるような繋がりなんて、取れるはずないでしょうね」
ぐわんぐわんと回る脳みその中、哀ちゃんが電話越しでお父さんと話しているのを、BGMのように、ただ流れているように受け取って。
──それって。無事かどうかも、快斗君の動向も。全くわからなくなった。そういうことなんじゃないか。
どこかで。快斗君が私のために動いているのなら、お父さんと繋がっているはずだ、と。
そんな安心感があった。
私の頭の中で。
真っ暗闇の中、白装束の快斗君が、遠くなっていく姿が見えた。
手を伸ばしても、届かなくて。先も、見えなくて。
──クローバーのネックレスが揺れる胸元で、ざわざわと心臓あたりが騒がしい。
どくりどくりと、音が外まで漏れ出ているみたいだ。
私の様子に気付いた哀ちゃんが、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「──浅黄さん。今ちょうど、杏さんがこちらに来てるの。勝手だけれど、大まかに今の状況と、杏さんの身体のことは話させてもらったわ。まるですごいタイミングよね、貴方の電話。さて…ここから先は」
──どうしたい?
そう、哀ちゃんのターコイズブルーの瞳が、こちらに訴えかけてくる。
──私は、全部、知らないといけない。
全部、たぶん、万が一でも、こちらにリスクが及ばないように。
全ての繋がりを絶って、どっかに行っちゃった、私の大切な人のこと。
もちろん、私が全てを知ったところで。
ひとりで、全て抱え込んで行ってしまった快斗君には、何かを伝えることすら出来ないけれど。
快斗君が、キッドさんをしている理由。
なにも知らずに待つなんて。
もう、出来ない。
私の顔を見て、哀ちゃんが黙って携帯を私に差し出して。
頷いて、私もそれを受け取った。
「…私。お父さんに、ちゃんと、聞きたいことがあるの」
私の言葉に、覚悟を決めたように息を吐く音が、機械越しに響いた。