#13







「最近は物騒なんですから、こんな暗い道を一人で歩かない方が良い」


うわ。どうしよう。

本物だ。
いやうん、ついちょっと前に会ったんだけどやっぱこうして目の前に改めて本人がいるっていうのが!


ゆっくりと近づいてくる白い怪盗紳士に、ちょっとだけ後ずさってしまう私はあれだ。思わぬ有名人との接触に尻込みしているというやつだと思う。

だって、うん。さっきは一瞬だったからあれだけどやっぱかっこいい。

月夜に映える白いタキシード。嘘みたいに様になってるよなぁ。

あー!ミーハー注意ミーハー注意!

ああ。そして後ずさった所に石が転がっていたのはもう、私にとっての標準装備なんだ…。


「んぎゃっ!」 
「っと。──ほら。暗い所には危険が多いんですから」


すっ転げる寸前でぐいと力強く引っ張られる。

卸し立てだろうか、パリッとしたスーツ地が眼前にあった。そう、目の前は真っ白。声はすぐ上から聞こえる位の位置で。

って、えええええ!!?


「す、すみません……!」


優雅な身のこなしで私を支えている腕にお礼を言って、離れようとしたところでサイレンの音が再び耳に入ってきた。

思わずどきりとして、離そうとした腕をぎゅっと掴んでしまう。
見上げたその顔には、ハットとモノクルのおかげか何の表情も読み取れない。


逃げなくていいんですか?思い、掴んで掴んでしまった腕を離しても、その腕は離れなかった。

ドキドキとするのは、警察への緊張か、キッドさんの腕の中に支えられているという事実か。


わからないけど、キッドが捕まってほしくないな、と思う気持ちはやっぱりあった。






どれくらい、こうしていただろうか。

サイレンの音が遠くに行くのが聞こえ、キッドさんはようやく私を支えていた腕を離した。ドキドキはもちろん、収まっちゃいませんけども。


「あ、行き、ました、ね」

緊張からか、細切れの様にしか出なかった言葉に、モノクル越しにキッドさんがふわりと笑ったような気がした。


「もう少しパトカーがこの近くに彷徨っていてくれたら、良かったでしょうか?」

「え?」

「いや、残念そうに聞こえたもので」

「ええ!!そんなわけないですよ!捕まって欲しくないですもん!」


思わず力んで返すと、さらに笑われた、気がする。


「ああ、いえいえ。そうじゃなくて」


ぐい、と再び引っ張られる。え、と思うと再び眼前は白。

「離れたくない、と思ってくださっているのかと」

「────っ!!」


さすが天下の怪盗紳士とでも言うべきなの!?

私のハートでも盗むつもりなんですかねもうすでにマジで盗まれちゃいそうな5秒前的な気がするんだけども!!
なんだか息も絶え絶えな気がするけど、なんとか気を取り直してキッドさんと正面から向き合った。

「あ、あの。先程はありがとうございました」
 
改めてネックレスのお礼をと思い、ぺこりと頭を下げていると、優しげな声が降ってきて。 

「貴女の笑顔が十分な程のお礼でしたよ。たまたま現場で拾ったものが、貴女のもので良かった。おかげで、曇っていた空が明るく輝く瞬間に出会えました」

──なんなんだろう。こちらの怪盗紳士様や先ほどの探偵紳士様やらは、これがナチュラルなのか。

慣れない言葉に再び赤くなる顔がわかって下げた頭を上げれないんだけど!


「大丈夫ですよ。暗くて可愛らしく染まっている頬なんて分かりませんから。面を上げて」

なんで分かるの。
怪盗キッドは読心術まで心得てるの!?


「素直なんですね」


つまりは私が単純だということなのか。声に笑いが含まれているんだけども!


「どうせ単純ですよ知ってますよ」

くそう、と思いながらも面を上げると、頭に違和感。

「真っ直ぐで、素敵だと言ったんですよ」
「〜〜っ!!」


 優しく頭を撫でられているのだ。あの、キッドに。
 




「さて。行きましょうか」


しばらく撫でられていた──私はその間硬直して思考も停止していたけれど──後、何事もなかったようにキッドさんがそう言った。


「えと、どこ、に?」

「よろしければ、お家までエスコートさせて頂けませんか、レディ?」


呆然と答える私に、ばさりと白い翼を広げた怪盗は、不敵に微笑んだ。









 
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