#14



「なんかほんと、せっかくお誘いして下さったのにすいません…」


がくり、と首が折れたんじゃないかってくらいに下を向き、謝っているのには理由がある。

グライダー?なのかな、あのニュースでもよく見る飛び立って行くときのとにかくカッコいいあれで、まさかのまさか私を送ってくれるっぽかった白い怪盗紳士様。
思わずぽーっとなって頷きかけた私は自分の片足がなんだか冷たいことに気づき、そこで自分のドジっぷりを思い出した。



昔、馨ちゃんと自転車で2ケツした時のことだ。
私が運転すると碌なことにならないだろうからって、馨ちゃんが荷台に乗せてくれて。ものの数分で後輪タイヤがバーストかってくらいのパンクして。

危うくバランス崩して自転車から転げ落ちそうになったところを馨ちゃんがチャリを足で止め、片手でハンドル、片手で私を支えてくれてなんとか踏みとどまった。
馨ちゃんくらいの運動神経してなかったら、確実に共倒れか、はたまた荷台に乗ってた私だけぽーんと飛んで転げてただろうな…。

もちろんそれ以来自転車に乗ったことなど一度もない。


うん、まあそんなわけで。
キッドさんに私のドジ被害が及んだら大変だ。

下手すると空の旅なら、死ぬ…!


そう思い至り、私は軽く身の上を説明しつつ、泣く泣く断りを入れたのだ。

足もこんな状態で、ドジがひどいなんて憧れのキッドさんに言いたくなかった…。
ばか!私の体質のばか!

ドジ事情を説明する時なんだか笑いを堪えているように見えた気がするのは気のせいだと思いたい。



空のランデブーも断ってしまったし、もうここでお別れだろうなと、肩を落としていたところ。
いきなりキッドが私の足元に身を屈めた。え、何で!と思わず固まると、下から声が。


「暗くて気付きませんでした…。怪我は?」


言いながら、溝に落ちた方の足に白い手袋を嵌めた手が伸びてきて。

うわー!と思わず引っ込めようとしたら──掴まれた。

「ぎゃー!だ、だいじょぶです!手袋!汚れちゃいますって!」

ああ、どうしてこういう時私の叫び声は色気もへったくれもないんだろう。

気にした様子もないキッドさんは真剣に私の足を診ていて。居た堪れない。
もう足引っ込めないので離してほしい。

てかどっから出したの、その濡れおしぼり!

なんと汚れた足を拭い始めた天下の奇術師に、私はもう慌てるしかない。
なんか丁寧に恭しく拭かないで!おしぼりが汚れる度に新しいので拭いてるけど、いくつ出てくるのそのおしぼり!

恥ずかしいし申し訳無さすぎる!

「ちょ、ぎゃー!ほんともう、キッドさん!」
「──血が付いてる。でも、傷が、ない」
「わ、私、昔から異常に傷の治りが早くて!だから、大丈夫なんで、ね!もうご勘弁を…!」

テンパってしまい、傷の治りが異様に早い体質のことまで言ってしまったことに、やってしまったと心の中で舌打ちを入れる。


赤ちゃんとか、ちょっと擦り傷作ってもすぐ跡が消えるように、私もなんかありがたいことに擦りむいたりしてもすぐ治る。
ドジっ子で生傷絶えないので、プラマイゼロ…いや、痛いし恥ずかしいし良いことないのでマイナスだな。

まあそんなわけで、擦り傷くらいならすぐ治るし、ちょっと酷い怪我しても、全治何週間ってやつが、3日くらいあればなぜか治っているのだ。

お父さんには、産まれながらの体質だけど、周りと違うことを疎む人もいるので、人に言わないようにと言われている。


バンソコを持ち歩いているのは、怪我したままだと見せかける為だったりするのだ。
だからこの事を知っているのは、家族と、馨ちゃんだけだった。

馨ちゃんとは一緒に遊んでる時に色々あってバレた。ドジだからちょうどよかったね、なんて変わらない感じでしみじみ言われ。
馨ちゃんが馨ちゃんで良かったと、本当に思った。
私のソウルブラザー!


今日は周りに人がいないし、暗かったのも迷子になったのもあってまだなにも処理していなかったから…。

変に、思われちゃったかな。


モノクルとハット越しで何を考えいるのかわからないのが、今、こんなにも怖い。

「──治りが早いからって、痛かったでしょう。痛みに慣れたらダメですよ。酷い怪我にならずに良かった」

長い沈黙に何を思われたかと緊張していたら、存外安心したような声が聞こえ。

変に思われたわけではなさそうなので、ほっと胸を撫で下ろし、ふと気付く。



痛いのは慣れちゃいけねーんだぞー

──そう言ってくれた彼と、同じことを、キッドさんは言うんだ。


はっきりとは見えないモノクル越しのその瞳が、吸い込まれるような蒼に見えるのは。


どこかで警報が鳴り響いている。これ以上、考えちゃダメだと。

だってまさか、そんなわけ、ない。それでも。


「黒羽──君?」


足元から見上げてくるその瞳は。


──どうして、彼を彷彿とさせるのだろう。









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