何を馬鹿な事を言っちゃってるんだ私。
慌ててキッドさんをみると、案の定首を傾げていた。
「黒羽…とは、あの、探偵君の同級生の?」
「──黒羽君のことを知ってるんですか」
キッドさんが探偵さんに成り代わっていた時から、感じていた疑問だ。
「あの探偵君とは好敵手でしてね。彼の身の周りはある程度調査済みなんです。黒羽君は、彼の同級生でして。もちろん、直接面識はないですが」
はい、きれいになりましたよ。言いながら、キッドさんは拭っていた手を止め、立ち上がった。
自由になった足元を見ると、汚れが大分綺麗になっていて。
お礼も言わず、いきなりなんて事を聞いているのだろうと、軽く落ち込む。
やっぱり、あの探偵さんの方が黒羽君の同級生なのか。
敵を調べるってことなのかな。だから、黒羽君を知っていた、そういうこと?
色々ぐるぐる考えすぎて黒羽君かと錯覚してしまったんだろうか。直感的で馬鹿すぎる…!
今、目の前に立っている怪盗紳士は、その態度も雰囲気もどうみても黒羽君には見えないのに。
あの瞬間、どうしてそう思ってしまったんだろうか。
「──まあ、それと」
「…?」
「たまたまあの場所に下調べに行った時に、探偵君が貴女と親しそうにしているのを目撃しましてね。親しい人物なのか、誰なのだろうと貴女を目で追っていたら、その後合流した男が、探偵君を調べた時に居たクラスメイトの黒羽君だったんですよね」
「親しそうって…たまたま転んだところを助けてもらっただけです」
あの気障な探偵さんと親しいと思われては心外だと、気持ち語尾が強まってしまった。
「本当、危なっかしいんですね──色んな意味で」
「え、どういう意──」
意味で、と言い終わる前に、眼前が急に白で覆い尽くされた。
しばし瞬くと、そこ居たのは白い怪盗さんではなくて。
「残念なことに、私は黒羽君ではないのですが──曲がりなりにも月下の奇術師ですので、彼の姿をお借りしましょう」
「く、黒羽君だ…!」
昨日会ったばかりの黒羽君がそこに居て。思わず自分の目を疑う。
「探偵君のことは一通り調べましたから。彼の周りの人物には大抵なれますよ?先程空の旅は振られてしまいましたので、あの格好ですとレディをお送り出来ませんからね。…ああ、もしかして探偵君に変装した方が良かったですか?」
「いえ、黒羽君一択でお願いします!」
さっきからちょいちょいキッドさんは探偵さんのこといってくるけども。
あの探偵さんはもう、ちょっと勘弁してほしい。本人じゃないとわかっていても、あの誘導尋問みたいな感じが思い出されて嫌な気分になる。
助けてもらってるし悪い人ではないんだけどさ!
「ふ、一択、ですか──わかりました。あ、レディ、名前を聞いても?」
「えと、浅黄杏です」
では──と黒羽君に扮した怪盗キッドが、恭しくお辞儀をする。
うわー、黒羽君も気障な仕草似合っちゃうんだな、とドキリとしてしまった。
そうして彼が面を上げたその、瞬間。
「じゃ、帰っか、杏!」
──!!!
その雰囲気も、口調も、声も、全てが黒羽君になっていた。
「キッドさん、だよ、ね…?」
「んー?どした?俺、似せるの上手すぎ?」
首を傾げる仕草までが彼そのもので。
クラクラする。さすが怪盗キッドだよー。
「上手すぎて、焦ります」
「そっかー。嬉しいねぇ、怪盗冥利に尽きるね!」
喜んでいる様も黒羽君にしか見えない。このまま送って行ってくれるということなのか、な。
「あ、あの、私自分一人で帰れます、よ?」
わざわざ黒羽君になってもらってまで送って貰うのは申し訳なさすぎる。
「俺に女の子を夜道に一人で歩かせる気?」
すぐさまそう返って来てはもはや何も言えません!
さっきのお礼も言う間もなかったし、あわせてここはお礼を言っておこう。
あ、そうだ…せっかく?黒羽君になってくれているんだ。本人には出来ないことをしておこう!
「足のことも含めて、本当にありがとう!──快斗、君」
きゃー!言っちゃった言っちゃった!
本人には恥ずかしくて言えないけど!キッドさんだし、いいよね!
でも恥ずかしくて目を見れないー!
──テンションが上がっていた私は、気付かなかった。
この時、彼がどんな表情をしていたかなんて。
「あ、私の家ここなので!」
道中はもはや黒羽君と歩いているようにしか感じなくて、黒羽君に対して接するようにしていた。
なんだかネックレスのこともからかわれて、黒羽君じゃないのに思わず必死に否定してしまった。
家の前まで来て、改めてあの怪盗キッドに送って貰ったんだという事実を思い出した。
マンションを指指して、ここまでで結構です、ありがとうございましたと深々とお礼をする。
ここはきちんとお礼をしなくては。
「ネックレスから何から何まで…本当にありがとうございました!何かお礼が出来たらいいんですが」
何かお礼がしたいんだけど、キッドさんとは、きっともう、会うことはないだろう。この出会いはとんでもない奇跡なことはわかっている。
なにか彼に今すぐ出来ること、ないかな。
「何か今すぐ出来るお礼があるといいんですが…、あ、コーヒー飲まれますか!?コンビニで何か買ってきますか!?」
買ってきますよ!と意気込み下げた頭を上げると、そこにいたのは、白い怪盗で。
わかっていたけど、やっぱりさっきのは黒羽君ではなかったんだな、と実感した。
「いえ、本当に貴女の笑顔で十分ですよ。──ああ、強いて言うなら…」
──今度、本物の黒羽君にも、名前で呼んでみては?男は単純ですから。きっと喜びますよ?
耳元でそう告げた怪盗紳士は、そのまま翼を広げ、去っていった。
私が試し呼びした一回の、その意図に。キッドさんには気付かれていたらしい…!
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