「ちょっと杏、聞いてんの?」
「あ、ごめんぼーっとしてた!」
「──あんた最近よくぼーっとしてるけど。あのデートの日から。クロバとなんかあった?」
休み時間。
馨ちゃんと新商品のコンビニお菓子を食べていたところ。いつもよりワントーン低めの声で尋ねられ、慌ててかぶりをふった。
「いや、何もないよ?前も言ったけど、すごく楽しくて夢のような時間だったよ!」
「にしては、呆け方がなんか前と同じ違う気がするんだけど」
じっと目を見つめられ、視線が泳ぐ。
怪盗キッドと会ったことは、馨ちゃんにもは話していない。
誰かに話してはキッドさんに迷惑かけることになる気がするし、まだ実感が湧いていないからかもしれない。
あまりにも色々なことがあった土日だったからか。よく、考えがそちらに飛んでしまうのだ。
それを馨ちゃんに見咎められた。これは、心配させている時の顔だな。
申し訳ない気持ちで、馨ちゃんを見つめ返す。
ごめんね、言えなくて。心配してくれてありがとう。
黙っている私をみて、馨ちゃんは、はぁとひとつ息を吐いた。
「まあ、何があったかはあんたが言いたくないなら聞かないけど」
「うん、ごめん、馨ちゃん。ほんとに、楽しかったのは本当だよ?」
「わかったわかった。あんたがなんか辛い目にあったとかじゃないならそれでいいよ」
「優しい馨ちゃん…!好き…!」
「そーいうのはいーから」
軽く頭を小突かれ、微笑む馨ちゃんに、へにゃりと笑い返した。
キッドさんに送ってもらった夜。携帯を見ると黒羽君からLINEが入っていた。
いつもの、私の身体を気遣ったLINE。
ちょうど、キッドさんに送って貰っていた時間だった。
本当に、黒羽君が怪盗キッドなわけではないんだ。
そう、納得しつつも。
どこかそわそわとした胸騒ぎが消えないまま、今に至る。
多分、一瞬見えた気がした蒼い瞳が忘れられないんだろう。
もちろん、頭では納得してる。そんなはずあるわけないぞ、と。
それに馨ちゃんにも心配かけたし。もう、あんま悩むのはよそう。
キッドさんはとにかく格好よかったし、良い経験だった!うん!
そう、気を持ち直した翌日。黒羽君に会った。
『今日そっち方面行くから、会えたら会わねぇ?』
お昼休み。そんなLINEが首を傾げた鳩スタンプと共に入っていた。
そんなの会う一択ですよ、はい。
駅で待ち合わせにしようと言ったのに、心配だからとまた学校に来てくれるという。
黒羽君は結構過保護だ。
門の辺りで立つ黒羽君。この前は引きずられていたので周りを見ていなかったが、通りかかる女の子がちらちら彼を伺っていて。
気持ちはよく分かる。だってかっこいいもん黒羽君。
遠目で見ていると、こっちに気付いた黒羽君が手を振ってきた。
──本物の黒羽君にも、名前で呼んでみては?
ふと、キッドさんの言葉を思い出し、思わず顔に血が集まる。
いやいやいや!無理無理!本人には無理ー!
「杏?何やってんだ?」
「う、ううん、なんでもない!」
挙動不審になりながらも、「腹減った」という黒羽君とマクドナルドに行くことになった。
腹が減ったと公言するだけあり、黒羽君はビックマックとナゲットとポテトのLサイズ、さらにお手頃バーガー一個とコーラLを頼んでいた。
こんなに細い身体のどこに入るの。男の子、さすが。
「そんだけ食べて夜ご飯もたべるの?」
「ん?いや、もうめんどくせえから今日は夜カップラーメンくらいか」
「食べるんだ!え、めんどくさいって…」
「あ、言ってなかったか?俺、今一人暮らし中でさ」
知りませんでした!そう反応して目を瞬かせた私に黒羽君が笑いながら続けて。
「俺ん家、親父が亡くなっててさ。母ちゃんは今海外行ってて、たまーに帰ってくる感じなわけ。まあ気楽なんだけど、飯作んのがね、面倒だよな」
「そうだったんだ…。実は、私もお母さんが亡くなってて、家事は殆ど私がやってるんだ。大変だよね」
「…そなの?」
身の上を話してくれた黒羽君に、私のことも話すと、なぜか驚いている。
もしかして、私のこのドジ体質で料理出来ないとか思われてる…?
「もー!確かにドジですけど!お父さんがキッチンを色々工夫してくれたおかげで、家でならある程度問題なく料理できるんだよ?」
「あ、いや、そっちじゃ…いやまあそっちもだけど」
歯切れの悪い黒羽君に首をかしげると、「なんでもねぇ」と頭をくしゃりとされた。
「まさか杏が料理できるとはなー」
「馨ちゃんにも評判いいんだよー?卵焼きとかね!いつもお弁当のとられちゃうくらい!」
「へー。そりゃ気になるな」
関心した様子の黒羽君に、ふと思い付く。
「あ!今度、うちにご飯食べにくる?」
黒羽君一人暮らしなら、家庭料理は喜ぶかも!いつも奢ってもらってばっかだし、ちょうど良いお礼になる!
そう思い誘ったところ。
目を丸くしてる黒羽君を見て、はっとした。
付き合ってもないのに、男の子を家に誘うとか!ビッチか!
「いや、あの、そういうんじゃなく、あの、テストの
お礼もろくに出来てないから、あの、えと…!」
あわあわする私をみて、黒羽君がはは、と笑う。
「わーってんよ。なに、ご相伴にあずかってもいいの?レトルトにも飽きてきてたから助かるわー」
「もちろん!あ、お口に合うかはわかりませんが…」
「ははっ。期待してるぜ?ほんじゃ、今度の日曜は空いてるか?買い物も大変だろうし付き合うぜ」
「あ、空いてる!」
よかった。どうにかお礼になりそう。
ほっと胸を撫で下ろすと、向かいに座っていた黒羽君がこちらに身を乗り出した。
「俺は紳士だから、杏の家では何もしねぇから安心して?──まあ、うちに作りにくるって言ってたら、押し倒してたかもしんねぇけどな」
ぐい、と頭を寄せられて告げられた言葉と、囁く声の色っぽさに、気絶しそうになる。
あまりのことに言葉も出せないでいると、ぱ、と手を離した黒羽君が、にかりと笑った。
「男はオオカミなんだから、そんなお誘い誰にでもしちゃダメだそー?」
「し、しないよ!」
「杏は危なっかしいからなー。知らない男にほいほい付いてっちゃだめだからな?男なんて親切心は全てスケベ心でしかないんだからな?」
どこぞのお父さんみたいな事を言う黒羽君は、やっぱり過保護だと思う。
てか、最初に助けてくれてお茶に連れ出した黒羽君に言われたくはない。
「それ、黒羽君はいいのかな?」
言外にそう伝えると
「──ん?俺に下心、あるか気になる?」
そう、試すような壮絶な色気付きで返されて。
経験値ゼロの私は、ごめんなさい許して下さいと言うほかなかった。
謝る私を見て笑う黒羽君に、いいように翻弄されてるのが、ちょっと悔しいので。
今度馨ちゃんにお色気のイロハを習おうと、決意を新たにポテトを頬張った。
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