#17







そして。日曜日がやってきた。


昼のうちに家中掃除をして。

大掃除かってくらいに窓拭きから換気扇まで掃除を始める私に、昼に仮眠に戻ってきたお父さんは、何事かと驚いていた。


「今日、友達がご飯食べにくるから、さ」

歯切れ悪く答えると、疲れ果てた顔のお父さんの眼鏡の奥が光った。

「──それは、女の子?」
「──男の子、デス。実は、テストの時に大分助けてもらって!まともなご飯食べてないみたいだから、お礼にご飯でも、と」


あれ。なんだか言い訳がましくなってしまった。いや、別に友達がご飯食べに来るってだけだし。なんかお父さんの眼鏡が光って瞳が見えなくて怖いよ?

「──杏?わかってると思うけど、男はオオカミなんだからね?お部屋に呼んでベッドに座ったりしちゃダメだからね?誘ってるようなもんだからね?」
「そんなことしないよ!だから友達だってば!」

まだなんか注意事項を言いたがっていたお父さんを「もー!早く寝ないと疲れとれないよ!?」と無理やり寝室に送り込み。

は、と気付くと時間は午後2時。

「やっばい。支度しないと…!」


待ち合わせは4時。一緒にお買い物からスタートだ。


家でご飯食べるだけだし、変に気合入れすぎないように。でもちょっとは可愛く見られたいし。

うーん!何着てこう?迷っていると、寝室から声がした。

「ミニスカは危険だから…ね…」

多分、そのまま寝落ちしたんだろう、お父さんの遺言?に、仕方ないので「はーい」と返事をひとつして、洗面台に向かった。


白色のオフショルのカットソーに、紺色のショートパンツを履いて。肩までの髪を今日は内巻きにゆるっとワンカールに巻いて。
気合入れすぎないように。でも少しは可愛く思われたい、そんな乙女心だ。




「ごめんね、迎えにまで来てもらって!ありがとう!」

「いんや、こっちこそ今日はご相伴にあずかります」


わざわざマンションの下まで迎えに来てくれた黒羽君。

私服姿、初めて見たけど格好いい。黒のクロップドパンツに、マリン柄のポロシャツにキャップを被った黒羽君は、制服ばかり見てた私には、とても新鮮で。

く、眩しくて目が潰れる…!


「杏?何してんだ?」
「いや、ちょっと…」


眩しいぜ!なポーズをしてた私を訝しみながらも、黒羽君は私をジロジロ見て、にか、とわらった。

「うんうん、可愛い可愛い」

頭をポン、とされてそんなことを言われた日には、テンションも上がってしまうというものです。
でも、続いた「んでもショーパンじゃ、今日はパンツ見れねーのな」の言葉に平常心をすぐに取り戻した。

お父さんの言いつけ守って良かったと思う、うん。



買い物先は勝手知ったる近所のスーパー。当たり前のようにカゴを持ってくれる黒羽君に、いつもと格好も違うからかなんだかそわそわしてしまう。

「何食べたい?っていっても唐揚げ作ろうと思って、仕込みはしてあるんだけど。その他リクエストあれば」
「唐揚げ!やったね!うーん、どーせなら自分が普段作らないやつがいーかなー。炒め物とか、麺類は手軽だからよく作るし」
「ポテトサラダとかも作る?」
「おー!いいね!食いてえ食いてえ!」

子供のようにはしゃいでくれる黒羽君に嬉しくなる。よし、頑張って美味しいもの作るぞ!と気合いも入るってもので。

唐揚げとポテトサラダか…あと汁物は味噌汁でいいかな。
あ、小松菜安いから、小松菜と厚揚げの味噌汁にしよう。
家庭の味っぽいのが良さそうだから馨ちゃんにも人気の出汁巻卵も作って。
ここは奮発して1パック300円の卵買っちゃう!
黒羽君は見た目に反して結構食べるしな、揚げ物ついでに夏野菜だし茄子の揚げ浸しも作ろう。

頭の中で今日の献立を計算しつつ、ぽいぽいとカゴに商品を入れていると、後ろから感心したような声が聞こえた。

「半信半疑だったけど、ほんとにやってんだなー料理。買い物の手際がいい。迷いなく特売に手を伸ばしながらブツブツ言ってるし」
「──それ、褒めてる?」


なんだか褒め言葉とは程遠い褒められ方な気がする、と文句を言うと、黒羽君はべた褒めだって!とケタケタ笑っていた。
褒めてないよね?

くそう、こうなったら重たいものも買っていってしまおう、と醤油と味噌を追加でカゴに入れる。
あ、今日砂糖も安いな、よし、これもだ。

結構な量になってしまったので、重たいかな、と黒羽君を見遣る。
こっちに気付いた黒羽君が、こんくらい平気だって、と軽々カゴを上に上げるので、流石男の子だな、と惚れ惚れしてしまった。


──なんか、こうしてると、新婚さんみたいじゃない?


そんな恥ずかしい事を思ってしまい、一人熱くなった頬を手で押さえ。

なんでもない風な黒羽君が、ちょっとうらめしい。



一緒にレジに並んだところで、黒羽君が当たり前のように財布を取り出したので、ぎょっとした。

「ま、まって黒羽くん!これ、今日だけの食材以外も入ってるし、お礼なんだから私が払う!!」
「いや、いーって。今日、ご馳走になるんだし」
「だめ!ここはダメ!またお礼にならなくなっちゃう!カードもあるし!ポイントもあるから私が払うー!」

そんな言い合いをしていると、レジのおばさんが笑っていた。

「やあね。若いっていいわぁ」

そう、片頬を突いて言われてしまう始末で。


レジ前で口論していたことを思い出し、二人一気に口を閉ざした。

あ、財布は私が無事出せました!良かった!










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