「ど、どーぞどーぞ」
男の子を自分の家に呼んだことなんて、もちろんの如く初めてで。
家、汚くないかな、掃除したけど大丈夫かな。そわそわそわそわ、どっかに粗があったらどうしようと、招いた側なのにキョロキョロしてしまう。
お父さんの靴があったので、まだ寝ているのだろう。起きたらご飯食べるかもだし、ご飯も多めに炊いてお父さんの分も作っておこう。
「勝手に上がるのもあれだし、親御さんにあいさつとかしときてーんだけど」
「あ、ごめん。お父さん二徹明けで寝てるから、また起きてからでもいーい?」
「二徹?え、ブラック企業なのか杏の親父さんの会社って」
「うーん…どうなんだろう?研究に没頭しちゃって自分から二徹とかになってるんだと思うんだよね」
ちょいちょい東都大に私も行くけど、実際なんの研究してるかとか、全然知らないんだよね。
なんかでも、お父さん専用の研究室はあるし。色々幅きかせてなんかやってるっぽいし。
かと言って地位が高いとは思えない…おもに助手さんの態度がフランクだし。
「杏ちゃん今日はセーラーなんだねぇ。女子高生いいねぇ。今度体操服着てきてよ」
とか尊敬する博士の娘に対する扱いではないよね。
「研究…」
「うん。うちのお父さん東都大学で博士してるんだ」
「そりゃすげぇな」
「うーん、家ではほにゃほにゃしてるから、凄さがあまりわかんないんだけどね」
リビングの扉を開けて、どうぞと促す。
キッチンの作業台の所に買った物を置いてもらい「運んでくれてありがとう」とお礼をひとつ。
「今飲み物用意するから、そっちのソファーで座って待っててもらっていいかな?麦茶かコーヒー、オレンジジュース、どれがいい?」
「じゃあ麦茶もらっていいか?」
「はーい」
テーブルに麦茶を置いて、テレビを付ける。特に面白い番組がやってなかったので、なんか録画してあるのでも見ててと、リモコンを渡した。
「ごめんね、お構いできず。ゆっくりしてて。ちゃっちゃと作っちゃうから」
「おー、さんきゅー」
さて。気合い入れて作りますか!
手を洗い、エプロンを着けて。まずは米とぎからだな、と米びつを出す。どんだけ黒羽君食べるかな…三合あればいいかな、と考えながら米をボールに入れて後ろを振り返ると、黒羽くんがキッチンに来ていたので驚いた。
「どしたの?」
「いや、エプロンが…じゃなくて。米、やっとくか?それくらいなら手伝えるぜ」
「え、と。じゃあ、お願いしようかな」
さすが一人暮らし。米研ぎ出来る男子高校生ってすごいな。
私は隣でジャガイモの処理をしよーっと。
「にしても、お米ちゃんと炊けちゃうんだね!うちのお父さんはお母さん死んだ時、料理はもちろん米研ぎも全くダメだったよ!今でも出来る料理はオムライスと、ナポリタンだけ!」
とんだケチャラーだな。でもオムライスとナポリタンだけは、お父さんの作る方が美味しく感じられて大好きだ。
もちろん最初はお父さんもオムライスもナポリタンも作れなかった。私が頑張らなきゃ、と一生懸命に頑張って料理を覚えたものだ。
幸い、お母さんがレシピノートをとっていたので助かった。絵入りで、平仮名多めのわかりやすい形で書いてあったので、小学生でもなんとかなった。
もちろん今でも大事にとってある。
「俺のお袋が、中々厳しくてな…一人暮らし前から米研ぎはやってた、ってか手伝えってやらされてたっていうか」
「わー!素敵なお母さん!」
「…どこが?」
「だってイマドキ男子は料理出来ないとね!も◯みちみたいに!」
「俺にはあそこまでオリー◯オイルをかけねーよ」
和気あいあいと料理しているところではたと気付く。
一緒にキッチンに立つなんて、これまた、なんか新婚さんみたい…!
またも頬に熱が集まりかけたところで、かちゃり、とドアの開く音。
「あ、お父さん」
「はじめまして黒羽快斗といいます。すいません、勝手にお邪魔してます」
ぺこり、と黒羽君が丁寧にお辞儀したところで、お父さんは眼鏡の奥の目を見開いていた。
私も少し驚いた。
黒羽くん、礼儀正しい!うちのクラスメイトの男子とか、こんなちゃんと挨拶出来るのかな…。
やっぱ黒羽君のお母さんのしつけ素晴らしいかも。
というか、男の子来るって言ってたのにそんなに驚かなくても。
それかお父さんのイメージでは、男は皆狼だったから、礼儀正しい黒羽君に驚いたのかな。
「──黒羽、君か。…の…に……だ」
独り言のような言葉を呟いて。
そのあと、どこか息を整えながら「はじめまして、浅黄の父です」と挨拶を返しているお父さん。
まさかここまで動揺するとは。
「…杏、まだ、晩ご飯の支度かかるよね?ちょっと黒羽君お借りしてもいいかい?」
「え!何言ってんのお父さん!」
「男同士の大切な話があるから」
「いやいやいや!だから言ったでしょ!黒羽君とはそういうんじゃないって!」
もー!お父さんってば!恥ずかしいからやめて!と、リビングからひとまず退散してもらおうと思い、作業の手を止めたところで「俺はいいですよ」と隣から同意の声が聞こえて驚いた。
「え、黒羽君?」
「そりゃ、大事な娘に変な虫ついたら親父さんだって心配になるだろ?ちょっと男同士の話してくるわ」
えー…!と思う間もなく、2人でリビングを出て行って。
とにかく、ご飯作るかな…。
ごめん、黒羽君。うちの親が迷惑をかけて。と心の中で合掌しつつ、料理を再開した。
唐揚げを揚げてる時に、黒羽君は戻ってきた。
…結構話してたんじゃないか。申し訳なさでいっぱいだ。
心なしか黒羽君も神妙な顔をしているように思える。
私がそちらを見ていることに気づいた後は、すぐに笑顔になったけど。
「ごめんね、お父さんが!大丈夫だった?」
「ははっ。心配ねーって。ちゃんとノーオオカミ宣言しといたから」
…もう!お父さんめ!
「本当にごめん!!あとこれ揚げ終わったら出来上がるから…!」
せめて一杯食べてってもらおう…!
そう、恥ずかしさでいっぱいになっていた私は、この時全く気付かなかった。
黒羽君の笑顔がいつもより、ぎこちなかったなんて。
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