「えへへ。まぁね。生まれてこの方付き合い続けてきたこの体質に、初めて感謝したよ」
言いながら、にへら、と小学校からの友達である馨ちゃんに笑いかける。
この体質のせいで、まぬけやらノロマやらドジ子やら──小学生特有の人の傷などわかりません、と言った具合の輩達に色々とからかわれたりイジメられたりしてきた。
そんな中、普通に接してきてくれた貴重な人物が、馨ちゃんだったのだ。
ちなみに、浅黄が歩けば棒にあたる、なんていうふざけた諺を作ってのけたのも、馨ちゃんで。
毒舌ではあるが、呆れながらも、仕方がないなぁといつも私に笑いかけて続けてくれている大切な友達なのだ。
そんな敬愛する我が友、馨ちゃんに、学校に着いて早々私はあの日の出来事を興奮気味に話をした。
ちなみに、馨ちゃんの机まで行くまでにいくつもの机と椅子のトラップ(普通の人にとってはなんのトラップでもないが)があったが、今の興奮状態においては、痛みなんて気にもならない。
あの、天文学的確立であろう、真っ直ぐな人通りの少ない道での正面衝突&パンツ丸見え事件が起こったあの日。
ぶつかった相手である、格好いいのにちょっとえっちで、茶目っ気のある少年のような彼。黒羽快斗君とお茶をして、とても楽しい時間を過ごしたのだ。
マジシャンを目指しているという彼のマジックは、本当に凄くて。
思い出しても興奮する。
ふわぁーと馨ちゃんの前で膝立ちで机を抱えて突っ伏した私に、馨ちゃんは面白そうな顔をしてふーんと独りごち。
その長い指で私のあごを持ち上げた。
急に上がった顔に首がついていかずに、ぐぇ、となる。ひどい、馨ちゃん。
そんな私の気持ちも知らぬ存ぜぬで、馨ちゃんはにやり顔。
せっかくの美人がそんないやらしい顔をしてたら、彼氏も逃げていくんじゃないか。怒られるから言わないが。
にやり顔のままの馨ちゃんは感慨深げに言った。
「とうとう杏も、どぶじゃなくて、男を落としにかかるわけか」
──もちろん連絡先はゲットしたんでしょ?
楽しそうに聞いてくる馨ちゃんに、あの日の帰りの出来事を思い浮かべた。
────
「本当にすごかったー!!黒羽君天才!!プロみたい!」
カフェに行くまでもが七転八倒っぷりを披露していた私を心配してか、家まで送るといってくれた黒羽君のお言葉に甘えた帰り道。
私はあらん限りの賞賛をしまくっていた。
いやだって。どうやったらトランプが全て私のパンツの色になるのか(ここについては黒羽君の頭をはたいておいた)コップにバラの花が刺さるのか、その他諸々全くわからなかったのだ!
賞賛する度にまあそれほどでもあるよと笑う黒羽君の性格はまあ、置いておいたとしても。本当にすごかった。
「んでも、杏のそのドジっぷりの凄さには負けるぜ?」
またしても石に蹴躓いてすっ転びそうになっている私を腕を掴んでぐいと支え、黒羽君は笑う。
「あ、りがと」
当たり前のように耳元で名前を呼ばれると、ドキドキしてしまう。なんとか普通にお礼を言って、腕から離れた。
だって、彼氏いない暦を生まれたときから更新し続けている私には、男の子の免疫なんてほぼないのだ。
そりゃあ、男の子と一緒に帰ったりとかしてみたりすることもあった。だけど私と一緒に帰ると、もれなく一緒にドジの被害に会うから、それ以降の進展は全く望めず。
皆、一瞬で私から遠ざかっていくのだ。
私だって好きでドジなわけじゃないのに!
まあ、私と仲良くなって馨ちゃんに近づこうとする男の子だったりが殆どだったから、ちょうど良かったかもしれないけども。
黒羽君は、馨ちゃんのように運動神経がいいのだろう。私といても、被害を被るどころか、私を助けてくれまでする余裕っぷりだ。
ここまで転ばずに帰れたのなんて何年ぶりだろう。
助けてもらう度にドキドキしてしまう。そんな私の反応を見て、いちいち楽しそうに笑っている黒羽君のせいで、体は無事だが、心はへとへとだ。
からかわれているのだろうけど。わかっててもドキドキしちゃうんです!
「あ、うち、ここだから」
送ってくれてありがとうございました!ぺこりとお礼すると、黒羽君は「どういたしまして。気をつけて帰れよ」と笑って手を振り、一人歩き出す。
名残りおしくもその背中を見つめてしまっていると、くるり、と振り向かれ。
慌てて視線を外す。
黒羽君はそんな私の態度を気にした様子もなく、こちらに戻ってきた。
「大事なこと忘れてた。最後にマジック見せてやるよ。杏、携帯持ってっか?」
「へ、うん」
持ってるけど。そう鞄から取り出してみせる。
「LINEやってる?」
「うん」
「ちょっと開いてくんねえ?」
「わかった」
マジックとLINEがどう関係あるんだろう?ワクワクしながらLINEのアプリを開いた途端。
「ゲコゲーコ」
私の手にあった携帯はいつの間にかカエルに変わっていた。
「ぎゃー!!」
やっぱり色気も減ったくれもない叫び声を上げて、あわてて手の中のものを放り投げる。だってカ、カエル…!
ぎゃーぎゃー喚く私を尻目に、黒羽君の手元には――なぜか、私の携帯が。
よくよく見ると、さっきのカエルはどうやら玩具のようで。
「え、黒羽君!?」
「そーしんかんりょー」
「へ!?」
「連絡すっから、無視すんなよー?じゃーな、杏」
「え、へ?」
どうやら、私がカエルで驚いている間にQRコードで自分の携帯に友達申請を送ったようだ。
用が済んだらしい私の携帯を、ぱちりと手を鳴らすと同時に再び私の手に戻した。
だから、どんなマジック!?
そうして黒羽君は、「家に入るまでが遠足だからなー」と、わけのわからない事を言って、去っていったのだ。
────
「──聞いてない」
そうだ。どうやら向こうは私のLINEを登録したみたいだが、カエルショックの勢いにぽかんとしていた私は、相手のLINEを登録しなかったのだ。
はぁ?とあごをさらに吊り上げてくる馨ちゃんに、イタイイタイぃぃ!と叫ぶも、聞いてくれない。
「そんだけドラマみたいな出会い方しといて、連絡先も聞かないたぁ、あんたほんと、ドジドジ子と呼ぶよ?」
「でも、LINEするって…!」
「で、来たわけ?」
「──まだです」
馨ちゃんの指があごから離れ、私の顔は再び机にダイブ。馨ちゃんがため息を就いたのがわかった。
「ほんと、この恋愛ド初級者が。せっかくのチャンスを棒に振ったと一緒だっての。自慢した意味ないじゃん。その程度の話じゃ話にならん。出直してきな」
「うぅぅ……」
そりゃ、めっちゃ綺麗で彼氏もとっかえひっかえというか途切れた事のない馨ちゃんに比べたらド初級者ですけども…!あの一日だけでもとっても嬉しかったんだから自慢したっていいじゃないか!
「馨ちゃんのケチィ!」
「あ?」
「スミマセン調子にのりましたっ」
すごすごと自分の机に戻る私を、馨ちゃんは呆れたように見つめていた。
鞄の中の携帯にLINEが入っていた事に気付くのは、お昼になってからで。
「ぎゃー!!」
「杏、ちったぁ黙って飯食えっての」
恋愛ド初級者な私が、叫び散らして馨ちゃんに迷惑をかけたのは言うまでもない。
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