#19

初めてご飯を食べに来た日以来。

黒羽君は時々うちにご飯を食べに来るようになった。言い出しっぺはまさかのうちのお父さんだ。


あの、初めてご飯を食べに来た日のことだ。

「うまっ!やべえ!」


その一言にほっとする。

私の料理は基本、お母さんが残しておいてくれたレシピノートが元になっている。
最初はレシピ通りに作っているはずなのに、中々お母さんの味にならなかった。

中学生の頃にやっと味に近づけたのかお父さんから「お母さんの味に、そっくりだ」と泣かれたり。

その味が、喜んでもらえたならなによりだ。
お母さん、ノート残しておいてくれてありがとう…!


ガツガツと食べていた黒羽君を見て、支度を終えてリビングに来たお父さんが笑った。


「杏のご飯は美味しいだろう?僕もいつも職場でお弁当を羨ましがられてね」

誇らしげに話さないで、お父さん。親バカ恥ずかしいよ!


「本当、旨いっす。最近家庭料理食ってなかったから、身体に染みる…!」
「はは、またいつでも食べにいらっしゃい。男1人飯は、栄養も偏るだろう?若いうちはしっかり食べないと。杏もいいよね」
「も、もちろん!」

あ、お父さんにも1人暮らししてる話したのか。
なんか色々質問したんじゃないよね?尋問みたいに。

怖くて何話してたか聞いてないけど。

にしても、お父さん、誘ってるってことは、すっかり黒羽君気に入っちゃったってことかな?

「いいの?サンキューな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうと思います」

最初の方は私に向かってふんわりと笑って言ってくれたので、私は色々爆発寸前になった。

何あの顔、かわいいんですけど!黒羽君はすぐお父さんにもお礼を言っていたので、悶えている私は見えていないはず。ひどい顔をしていただろうなら、助かった。


とまあ、そんなやりとりがありまして。

時々うちに遊びに来てくれるようになったのだ。


うちに来るようになって驚いたことが、黒羽君がバイクに乗れることだった。

学校帰りに来たりすることもあるので、バイクのが楽なんだとか。
帰り際、バイクにまたがりヘルメットをつけた後、頭をぽんとされて「またな」と言われた時には、またも色々爆発しそうになって困った。

心臓のストックが欲しい。なんなのあのナチュラル女殺しテク!


後ろに乗っけてもらったりとかは、もちろんなく。

いつか乗せて貰いたいと思いながら、この体質じゃあ無理だろうと涙をのむ日々だったり。








そんなこんなで気がつくと季節は過ぎ。肌寒さを感じる秋になっていた。


「はい。今回もどこも異常なし」
「やっとおわったー」

簡易ベッドに寝ていた身体を起こし、ぐぐっと軽く身体を伸ばす。

毎度やっていることではあるけれど、当たり前だが好きにはなれないな。とため息ひとつ。


二カ月に一度、私はお父さんの職場の東都大学で身体検査を受けていて。
このドジっ子体質なので、頭をよくぶつけているから、見えない異常が出来てないか、とか。

身体の再生能力の高さも異常なので、それを調べるというのもあるみたいだけど。血液検査、CTスキャン、血圧、視力等々…毎度毎度人間ドックのフルコースを受ける身としては、嫌にもなるというもので。


露骨に疲れたを全面に押し出していると、ことり、とお父さんの机の上にコーヒーが2つ。


「今回もお疲れ様だったねぇ。コーヒーどうぞ」
「あ、緑水さん。ありがとーございます」
「杏ちゃんはミルク1つだったよね」


そう言ってポーションも1つ置いた後、机に置いたコーヒーを飲みながら自らも机に腰かけた。
足が長いので様になるな。

てか、お父さんにじゃなかったんだそのコーヒー。


「え、緑水君、僕のは?」
「博士のはあっちに入ってますよーセルフサービスです」


こういう扱いをされてるのを見てるから、お父さんがすごい人には思えないんだよね。とつくづく思う。


どこか飄々としている彼、緑水さんはどうやらお父さんの助手をしているみたいで。

学生の時から優秀だったという彼に目を付けたお父さんが、院生になった彼をそのまま助手にしたとかなんとか。

よくわかんないけど、緑水さんとはだから私も結構長い付き合いだったりする。

180以上はある長身に、ひょろりとした手足、天パなのかパーマなのか、癖の強い前髪が目にかかるくらいの長さで伸びっぱなしだ。
中々見えないけど、目元は切れ長奥二重、鼻筋も通っていて。おでこを出すとそこそこイケメンなのにもったいないと思ってたりする。

「杏ちゃん今日はセーラーじゃないんだもんねぇ」
「残念そうに言わないで下さいよ、おっさんくさいよ緑水さん」
「そりゃー杏ちゃんに比べりゃおっさんだからねぇ。セーラーなんて眺める機会、杏ちゃんが来てくれる時だけでしょ、チャンスは逃したくないからねぇ」
「うちの子をそんな目で見ないでよ緑水君ってば!」

慌ててコーヒーを注いで戻ってくるお父さんに、2人で笑う。

緑水さんの笑い方は、大きめな口元をチェシャ猫みたいにしてニィっと笑うので、実は最初少し怖かった。
今はもう慣れたけどね。


『もうすぐ中秋の名月です。ボレー彗星の最接近まであと一年となりました。中秋の名月と重なり、大変見応えがあることでしょう』


ふと、付けっ放しのテレビから、そんなアナウンサーの言葉が耳に入ってきた。


「──もう、そんな季節かぁ」
「そうですね。今年は晴れるかな?綺麗な満月だといいですよね」


呟く緑水さんに、返しながら。押し黙っているお父さんには気付かないふりをして。

お父さんは、この時期になるとどこかナーバスになる。

なんでなのかは知らない。
昔聞いたら泣きそうな顔で「なんでもないよ」って。

あんな顔されたらそれ以上聞けないよ。



「──そういや、今日はこの後どうするの?杏ちゃん。暇ならおじさんとドライブでも行く?」
「何言ってんの緑水君!君これから作業あるでしょ!」
「博士なら一人で出来るでしょ?」
「…君、助手だよね!?」


緑水さんはきっとお父さんを揶揄うのを生き甲斐にしてる気がする。いつもこんなんなのか、私がいる時だけなのか。
馬鹿な掛け合いをする二人に思わず笑みがこぼれる。

笑いながら、残念でした、と立ち上がり。


「今日はこの後、ちょっと寄りたいところがあるんだ!」
「おや、残念。じゃあしょうがないから博士の手伝いでもしておこうか」
「しょうがないじゃなくてそれが君の勤めだよね」
「あーほんと、残念。せっかくサボれそうだったのにねぇ」
「りょーくーすーいくーん?」

全然残念そうじゃない緑水さんにお礼を1つ言いながら、お父さんの研究室を離れる。


今日は、江古田高校の学園祭一般開放の日。教えてくれた黒羽君には内緒で、馨ちゃんと遊びにいこうと約束してるのだ。

12時過ぎに校門で待ち合わせだから、急がないと!


そんな逸る気持ちのまま、駆け足で大学を後にした。







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