#20




「ごめん!遅くなって!」
「大した時間じゃないから大丈夫よ、それより、遅刻の原因はそれ?」
「あ、あはは」
「──ったく、相変わらず不憫な身体よね」


そう、私の足元を見て馨ちゃんは嘆いた。

今日もしっかり転んできた私は、片足に絆創膏1つ。
擦り傷はもう治ったのでいいとして、血が出てたところは絆創膏で隠してある。

いつもと違う場所に行くと、転げる確率が増えるので。まあ、汚れなかっただけ良かったな、と前向きに思っている。


「なんだっけ?マジック喫茶だっけ?」
「仮装マジック喫茶、占い付きって言ってたよー」
「…盛り込んでるわね」

校門から入ると、賑やかな掛け声と、話し声。チラシを配っている人や、看板をもってるウサギみたいな人もいる。

うーん、まさしく学園祭だな!賑やか!

とにかくお腹へったし、たこ焼きとか食べよ、と馨ちゃんに誘われて、屋台方向へと足を向けて。

熱々のたこ焼きをベンチで頬張る。
はふはふ、うまい!あ、馨ちゃんに一個取られた!

「食べるの遅いあんたが悪い」
「猫舌なの!私のたこ焼き!」


「──さあ!間も無く腕相撲サドンデスの開催だぁ!最後まで生き残る奴は誰だ?飛び入り大歓迎!優勝者にはうま◯棒なんと1000本プレゼント!ただ今エントリー受付中だよ!」


たこ焼きを取られた文句を言ってている所でそんなアナウンスが聞こえ。

嫌な予感がするなぁと、馨ちゃんを見遣ると案の定にやぁと笑っていた。


「え、馨ちゃん、今から黒羽君のとこの喫茶店行くよね?ね?」
「ちょ、先行ってて。たこ焼きのお詫びにあんたにも100本あげるようま◯棒。楽しみにしてな」
「え、馨ちゃん、ここ、他校なんだけど…暴れすぎないよーに…」


最後の言葉なんか聞いちゃいない感じで、馨ちゃんは意気揚々と行ってしまった。
ああ。あれさえなければ。折角の美人が…。

ああ、受付の人驚いてるよ!
やるんですか?って確認してるよ!
あ!馨ちゃんが軽く腕掴んだ…ぎゃー!
ひっくり返したー!やめてー!


…もう、いいや。ほっておこう。
ああなった馨ちゃんは私には止められない。

うま◯棒をありがたく頂くとしよう。



なんやら既に注目を集めている馨ちゃんを置いて、私は1人、校内へと向かっていった。







わあー。ここが黒羽君が通っている学校か。
なんか新鮮!やっぱりうちとは雰囲気が違うなぁ。制服も違うんだから当たり前か。

よく潜入したなぁ黒羽くん。
私はこういう時でもないと、アウェイな感じで普通には入れないや。


んと、2-Bだったかな?てことは二階だよなぁー。

とたとたと階段を登っていると、歓声が聞こえた。


うわぁーこれ、黒羽君のとこから聞こえるのかな?やっぱ人気なのか!すごいなぁ。
感心しながら、きっと近いだろうと思わず駆け足で進んで。


失敗した。


なぜこんなところに暗幕が!
そしてなぜその下にバケツが!!
なんか足のとこ臭い!これ、絵の具じゃ…!!


うーん…上は普通に水に濡れただけっぽいが。

多分足から下やばいことになってる…こんな格好では出れない…けど黒羽君の晴れ姿を一目見たい…。


どうするか。と暗幕の下で悩んでいると、喋り声が聞こえた。


「にしても、あいつら本当いいコンビだよなー」
「本当本当!可愛いバニー着せて自分の助手役やらせるなんて黒羽もスケベ爺だよな!」
「もはや学校中の公認カップルだもんな!ケンカするほどってやつ!かー羨ましい!」


──なんか、黒羽って聞こえた、な。


…バニーガール?



ふらふらと、暗幕を出る。

出てきたびしょ濡れの女に驚いたのか、今喋ってた人たちが、ぎょっとしている。


「2ーBって、どこですか?」
「あ、あっち…」


ふらふらとそちらに向かって。
窓越しに見えた姿は。



バニーガールの可愛いらしい女の子と楽しそうに笑う黒羽くんで。

自分も黒いうさぎの耳と、タキシードを着ていた。ああ、お揃いだ。



「──だからダメだっていったでしょ快斗ってば!」
「だーって、そっちのが盛り上がるじゃねーかよっ」
「もー!信じらんないっ!」


ケタケタと笑う黒羽君と、怒りながらも楽しそうな女の子。



──公認カップル


さっきの男の子の言葉が、頭の中で甦って。


…だから、期待しちゃダメだって。
わかってたのに、な。胸が痛いくらいに苦しい。


ああ。こんな時にしか気付けないなんて。


私、黒羽君が好きなんだ。
こんなに好きになってしまっていたんだ。


頭の中が真っ白で。とにかく、これ以上見ていたくなくて。

ここから離れたい。


ふらりと、その場を離れる。


…あ、馨ちゃん。
思い、廊下から窓下をみると、馨ちゃんが向かったところが人だかりがあって。

──先帰るって、LINEしとこ。


携帯を打ちながら、階段に向かう。

周囲がびしょ濡れの私をみて、遠巻きに見ているのがわかる。
だけどそんなことももう、どうだって良かった。


「──あれ。貴方は」


誰かが呼んだ気がして、のそり、と顔を上げると。


色素の薄い髪、高い背丈、そしてコーヒーブラウンの瞳。

あの時の探偵さんがそこにいて。

今日はメガネをかけて、スーツを着ている。
そういえばクラスメイトって言ってたから、これも仮装なのかな。

「…あなた、は」
「ちょ、酷い格好で。どうしたんです」
「…ははっ」


本当、酷い格好だよね。
こんなんじゃ、黒羽君にも釣り合わないよね。

こんなドジばっかりな女。



「──何か、ありました?」

伺うような、声色で。
探偵さんだから人の機微に敏いんだろう。まあ、こんな格好だったらそりゃなんかあったとしか思えないだろうけど。

「いえ、こんな格好になってしまったんで帰ろうかと。すいません」

から笑いで、その場を離れようと踵を返すと。前のように腕を掴まれた。

「──あ、ばあやか。すまない、今すぐ迎えに来てくれないか?」

離れようとすると、「今回は逃がしませんよ」の声が合間に聞こえ。


なんかもう、どうでもいいか、と力を緩めた。



「とにかく、何か拭くもの…」

気障でなんか誘導尋問してくるけど、いつも親切で。
良い人なんだろうな。


そういえば黒羽君が男の子の親切はスケベ心って言ってたっけ。




気を付けろ、なんて。





「あああ、泣かないで!」



こんな時まで、黒羽君のことばっかりな自分が。



「…もう、やだぁ」



わたわたする探偵さんと、優しさに触れて堰を切ってしまった私と。


私たちを周囲が遠巻きに注目していたことも気にせず、私は泣いた。












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