#22.5

「あれ。杏さん寝ちゃいました?」

送迎中の車内。

助手席で窓の景色を見ながら考え事をしていたが、話し声が聞こえなくなったので、なんの気なしに尋ねた。
あれだけ泣いたりなんだりしたのもあって、疲れたのだろう。



「白馬、てめぇ寝顔見たら殺す」

冗談でなさそうなほどの目付きでこちらを睨んでくる黒羽君が、ルームミラー越しに見えた。

しっかりと杏さんを腕の中に囲って、まあ。

もしかして僕って敵認定されちゃいました?


まあ、そんな風に仕向けた覚えがあるのですが、ちゃんと寸止めで止めようと思ってましたし。
その前に本人に痛いくらいに止められましたし…。


「黒羽君、言っときますけど、杏さんあのまま学校で放っておいて一人で帰らせてたら、何があったかわかったもんじゃないですからね?あんな格好で、あんな様子で。感謝して欲しいものですけど?」

「わーってんよっ!だからといって着替えの格好とかわざとだろあのエロい格好!!お前まじ記憶消しとけよ」

「ここまで嫉妬深いとは…杏さんもこれから大変ですねぇ」

「うっせぇよ」


そこまで話して、少しの沈黙。 再び少し、思考にふける。



大泣きしている彼女を乗せて、車で家に向かう途中。

彼女が「黒羽君のばか野郎…私の大バカ者…」とうわごとのようにぶつぶつと言っていたので。スイーツミュージアムでの出会いの時から怪しんでいたが、やはり黒羽君の絡みのある女性か、と気づいた。

それでまあ、屋敷で少し様子を見てみたわけなのですが。
本人自体は、普通の可愛らしい少女で。


夜の彼とはやはり無関係なのか、と思っていたら気になる点が1つ。


当人はどうやら寝ているようなので、少し込み入った話でもさせてもらおうかと、口火をきった。


「杏さん、学校では、足元に怪我をしていたんですよね」


言ったとたん、空気が張り詰めたものに変わり。

「──気のせいじゃねぇか?」

考えの読めない表情が全てを物語っている。どうやら、ビンゴらしい。

「僕に、手伝えることは?」

「だから、何の話かわかんねーって」


教えてくれる気はなさそうだ。
彼は一体、何と戦っているんだろう。
何がそこまで彼をそうさせるのか。

その、片鱗が見えた気がしたけれど。


今日のところはここまでかな。

そう、軽くため息1つ吐いて。
気持ちを窓の外へと移す。しばらく風景が過ぎ去ったあと、後ろから彼がポツリと言った。


「──なぜ、こんなことを。だっけか?おめーがいつも聞いてんの」

「──ええ」

「守りたい人のため。それだけだよ」



そう言った彼の瞳は、真っ直ぐ前を向いていて。

何かを決意した男の顔だった。



「そう、ですか。…まあ、僕は僕で勝手にやらせていただきますので。君の行く手を阻むかもしれませんがね?」

「へいへい」


彼にそこまで想える人がいること。それが少し、同じ男として悔しくて。

僕にもそこまで、想える人に出会えるだろうか。



誰よりも守りたい、そんな女性。








「あ、今日杏が使った風呂、おめぇ変なことに使うなよなっ」

変なこと。
一瞬考えて、がくり、となる。この男、本当そういう所、ダメですよね。

さっき黒羽君を見直した自分が馬鹿みたいになるじゃないですか。


「誰がっ。君じゃないんですからっ」

人を変態にしないでいただきたい。


「だっておめぇムッツリっぽいし」
「違います」



真面目になったと思ったらこれだから。


本当、掴めない男だ。







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