送迎中の車内。
助手席で窓の景色を見ながら考え事をしていたが、話し声が聞こえなくなったので、なんの気なしに尋ねた。
あれだけ泣いたりなんだりしたのもあって、疲れたのだろう。
「白馬、てめぇ寝顔見たら殺す」
冗談でなさそうなほどの目付きでこちらを睨んでくる黒羽君が、ルームミラー越しに見えた。
しっかりと杏さんを腕の中に囲って、まあ。
もしかして僕って敵認定されちゃいました?
まあ、そんな風に仕向けた覚えがあるのですが、ちゃんと寸止めで止めようと思ってましたし。
その前に本人に痛いくらいに止められましたし…。
「黒羽君、言っときますけど、杏さんあのまま学校で放っておいて一人で帰らせてたら、何があったかわかったもんじゃないですからね?あんな格好で、あんな様子で。感謝して欲しいものですけど?」
「わーってんよっ!だからといって着替えの格好とかわざとだろあのエロい格好!!お前まじ記憶消しとけよ」
「ここまで嫉妬深いとは…杏さんもこれから大変ですねぇ」
「うっせぇよ」
そこまで話して、少しの沈黙。 再び少し、思考にふける。
大泣きしている彼女を乗せて、車で家に向かう途中。
彼女が「黒羽君のばか野郎…私の大バカ者…」とうわごとのようにぶつぶつと言っていたので。スイーツミュージアムでの出会いの時から怪しんでいたが、やはり黒羽君の絡みのある女性か、と気づいた。
それでまあ、屋敷で少し様子を見てみたわけなのですが。
本人自体は、普通の可愛らしい少女で。
夜の彼とはやはり無関係なのか、と思っていたら気になる点が1つ。
当人はどうやら寝ているようなので、少し込み入った話でもさせてもらおうかと、口火をきった。
「杏さん、学校では、足元に怪我をしていたんですよね」
言ったとたん、空気が張り詰めたものに変わり。
「──気のせいじゃねぇか?」
考えの読めない表情が全てを物語っている。どうやら、ビンゴらしい。
「僕に、手伝えることは?」
「だから、何の話かわかんねーって」
教えてくれる気はなさそうだ。
彼は一体、何と戦っているんだろう。
何がそこまで彼をそうさせるのか。
その、片鱗が見えた気がしたけれど。
今日のところはここまでかな。
そう、軽くため息1つ吐いて。
気持ちを窓の外へと移す。しばらく風景が過ぎ去ったあと、後ろから彼がポツリと言った。
「──なぜ、こんなことを。だっけか?おめーがいつも聞いてんの」
「──ええ」
「守りたい人のため。それだけだよ」
そう言った彼の瞳は、真っ直ぐ前を向いていて。
何かを決意した男の顔だった。
「そう、ですか。…まあ、僕は僕で勝手にやらせていただきますので。君の行く手を阻むかもしれませんがね?」
「へいへい」
彼にそこまで想える人がいること。それが少し、同じ男として悔しくて。
僕にもそこまで、想える人に出会えるだろうか。
誰よりも守りたい、そんな女性。
「あ、今日杏が使った風呂、おめぇ変なことに使うなよなっ」
変なこと。
一瞬考えて、がくり、となる。この男、本当そういう所、ダメですよね。
さっき黒羽君を見直した自分が馬鹿みたいになるじゃないですか。
「誰がっ。君じゃないんですからっ」
人を変態にしないでいただきたい。
「だっておめぇムッツリっぽいし」
「違います」
真面目になったと思ったらこれだから。
本当、掴めない男だ。
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