「僕の前でやめて下さい」
んー、と眼を擦りながら開いた瞳は少し腫れぼったくなっていて。そんなとこまで可愛いと思ってしまう俺は、もう色々重症なのかもしんねぇけど。
俺が好きだから辛いんだと泣く杏に、色々箍が外れてしまった気がする。
自分の事で泣かれて嬉しいなんて、こいつにしかそんな事思えない。
ほんと、いつの間にか、俺の心の真ん中に、杏がすっぽり収まっていて。
あの時はまさか、こんなふうに自分がなっちまうなんて、考えてもなかった。
パンドラの手掛かりもないまま、あてもなくビックジュエルを追いかけて幾ばくか経ち。
いい加減ヒットのないまま時が過ぎるのに焦り始めた俺は、何でもいいから、何か親父は掴んではいなかったのだろうかと、あの部屋を隈なく調べる事にした。
まあ出てくる出てくる様々なマジックの仕掛け。あ、これ使えるな、というものはありがたく使わせて頂くとして。
これといった手掛かりは出てくるはずもなく。
そんな中見つけた一枚の写真。
そこに写る、小さな可愛い女の子。笑顔が印象的だった。
「…、elpisねぇ」
裏に親父の字で書かれたそれと、写真の少女に興味が沸いて。
それが、全てのきっかけだった。
「この辺り、なんだよなー?あの看板があった場所って」
そこそこ古い写真だったこと。
日付の印字もなく、少女のアップがメインだったのとで、どこから調べればいいか検討もつかない中。
なんとか写真に小さく写っていた看板を、寺井ちゃんに科学捜査的に調べてもらって。
寺井ちゃんにもまずは聞いてみたけど、この写真のことは知らなかった。
やっぱハズレなのかも知れねぇなぁ。と、思いながらも、まあ、念のためってことで。
まずは辺りを調べるか、と来てみたのは江古田東高の近くの住宅街。
聞き込みてぇところだけど、幼女の写真みせて、この子知りませんか?なーんてやったら、俺、変質者まっしぐらだよな。
と、あてもなくぶらぶら歩いていた。
そんな折、道の先に女の子が通りかかって。
あ、江古田東高の女子高生だ。
あそこの女子の制服は可愛くていいよな。と何の気なしに思いながら、通り過ぎる予定だった。
すれ違い様、女の子がまさか、ふらりとこちらにぶつかってくるとは思いもせずに。
──青、か。
倒れた女の子には悪いが、転げた瞬間に見えたものはしっかりちゃっかりチェックをし、女の子を起き上がらせようと手を差し伸べる。
顔を上げた女の子はどこかで見た覚えがあって──じろじろと思わず見ていると、女の子も俺の眼をじーっと見ていた。
んんー、そんな顔で見つめられると、悪い男なら連れ帰っちゃうぞ。
「もしかして、新手のナンパ?」
思わず、そう切り出すと、不服そうな顔で、思っていたよりもすぱっと切り返される。
その反応に面白くなって、ケタケタ笑っていたら、二次災害に巻き込まれた。
俺としたことが。せめて彼女に怪我がないようにと抱きとめて。
──うん、Cの65、か。
結構結構!良い発育具合ですな!
しっかりチェックし、「やっぱり、新手のナンパ?」と揶揄い半分、囁いて見る。
「──青はいいねー爽やかで」
真っ赤な顔して飛びのく様は、見ていて本当、面白い。
もっかいパンチラサービスしてるのに、きっと気付いてもいない。あ、また頭をぶつけてら。大丈夫か?
起き上がらせようと、手を指し出すと同時に簡単なマジック一つ、披露して。
それだけで瞳をキラキラと輝かせる女の子。
マジシャンとしては、嬉しい限りだね、と笑顔になった彼女を見て思っていたところで気が付いた。
──あ、この子。あの写真の女の子じゃねぇか。
あの写真は小さい頃だけど、きっと間違いねぇ。
あの写真の笑顔と同じく、くったくのない笑顔。
まじか。
まさか写真の子とこんな風に出会うなんて。
この出会いは、俺にとって、必然かもしれねぇって、ことか?
俺の怪盗としての血が騒ぐ。
見る限り普通な、まあちょっとドジっぽいけど、そこもまた可愛らしい女の子。
反応は見ていて面白くて。スタイルもまずまずです、うん。
──なあ。おめぇは一体、何者なんだろーな。
「俺は黒羽快斗。杏、その盛大なナンパに乗っかってやるよ。お詫びにお茶でも?いいもん見せてもらったお礼に、なんかマジックしてやるよ」
俺の思惑なんて知りもしないで、杏は瞳をパチパチとさせた後、嬉しそうに笑った。
それが、全ての始まりで。
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