チョコアイスを食ったら気分が少し落ち着いた。
糖分不足っちゅーわけではなく。
「そういえば、あの宝石凄かったよね。ああいうの、怪盗キッドがよく狙ってるんだよね?ニュースでやってた!」
「ん、なに杏ってもしかしてキッドファンか?」
「えへへ。ミーハーって馨ちゃんには馬鹿にされるんだけどねー。格好いいなぁって」
「ほー」
まあ。店の中でのそんな会話で単純に気分が上昇した俺は、大概単純なのかもしれねぇ。
幸せそうにチョコケーキ食ってる杏も可愛かったしな。
「よく食うなぁ。それ、3個目だろ?デブってスカートはちきれても知らねぇぞ?」
意気揚々と2軒目、3軒目へと足を進め。いまもなお幸せそうな顔してショートケーキを頬張る杏に、呆れて思わず呟いた。
俺としてはもう、充満する甘い匂いに辟易してきたところで。
女ってすげえな、よく甘いもんばっかりこんなに食えるわ。と少し感心してしまう。
俺の文句にもめげずに、やはり幸せそうに食べ続ける杏の姿に「幸せそうに食うよな」と思わずぽつりと零すと、「食べる?」とフォークをこちらに向けてきた。うっ、と思わず怯みそうになる。
でも、イタズラっぽい瞳でこちらを見ているのが、口惜しくて。
「おう」
細い手首を掴んで、そのままケーキを口へと運ぶ。
わざとらしくクリームを舌で舐めとると、驚きの表情から、どんどんと赤くなる頬に、満足感を得る。
「あっめーな」
にやりと笑ってそう言うと、照れているのかもはやこちらを見ることすらしない。
顔を見なくたって未だに赤い耳が、全てを物語っているけどな。
「あれ。もうくれねぇの?」
「あげませんっ!!」
こういう反応するから、虐めたくなっちゃうんだよなぁ。かーいいったらありゃしねぇ。あーあ、横にクリームつけちゃって。
「杏」
決してこちらを見ようとせずに必死でケーキを食べてる杏の名前を呼ぶと、条件反射のように顔を上げる。
照れて赤くなったままの表情に、もっと俺を刻みたくなる。
「口の端、付いてんぜ?」
言って、その柔らかそうな頬に手を伸ばし。
艶のある唇に少し、誘惑されつつも、親指で口の端についた生クリームを掬う。
「っ!!く、くくくろばく、ん!?」
見せ付けるようにそのクリームを舐めとったら、わかりやすくさらに真っ赤になっていて。
きっと今、ケーキで占められていた頭は殆ど俺に塗り変わってんだろーな、と1人満足する。
「杏の顔、イチゴみてぇだな」
どこもかしこも甘そうで。思わず喰っちまいたくなる。なーんて、な。
そんなこんなで楽しく過ごした日の翌日。昨日は白馬の野郎のせいでろくな下準備も出来なかったので、朝から警備員に扮し、現場で下準備と調査を行なっていた。
開催中のスイーツミュージアムは人だかり。予告は今日の昼に出す予定。
今は警察もいねぇし、楽に下調べ出来るってもんで。
白馬の野郎が昨日来てたのには驚いたけどな!
どーせ俺が狙いにくるとでも思ってきたんだろうけど、よ!
そんな風に思いながら下調べをしていると、部屋の隅にきらり、と光るものがあった。
見に行くと、ネックレスが落ちていて。リボンモチーフの、シンプルで可愛らしいネックレスだ。
ん、これ。
杏が昨日着けてたやつじゃね?
いつから無かったんだろ。俺としたことが気付かなかったとは。杏自身もすっかり忘れてそーだな。
まあ、失くしてショックは受けそうだし、拾っておいて今度渡すかな、とポケットにしまいこんだそれを。
まさか。あんな形で渡すことになるなんて。
あの馬鹿…!なにやってんだ!?
予定時刻の10分前となった頃。警官に扮して辺りの見回りに参加していた俺の目の前で、信じられないことが起こっていた。
中森警部に、杏が追っかけられている。
まじ何してんの?なんでここに??
あーもう、捕まりそうじゃねぇか!
思った時には、身体が先に動いていた。
「中森警部、一体何を遊んでいるのですか?」
杏を抱え上げた俺は、白馬の変装でそんな事を聞いて。
我ながら予告前に何やってんだろーなと思う。よりによって、今日用意してた変装が白馬しかねぇのも。
また白馬に助けられたみたいになっちまうじゃねぇか。
俺の手の中で身を捩り始めた杏を、ゆっくりと下ろして。
わざとらしくも、ああ、貴女は昨日の、なーんて言って。
「どうしてこんな所へ?」
まじ、それに尽きる。なにやってんだこいつ。
「えと、あの、ネックレスを無くしてしまって」
困ったように言う杏に、そう言えば、と先程拾ったネックレスのことを思い出し。
今度渡そうと思ってたくらい、軽く考えていたあれか、と思う。
わざわざ夜半に一人で来るほど、大切なのものだったのか?
ここで渡すのは、俺にとって危険な気がするが。
なんで持ってんだ?ってなるよな、まず。
もし万が一改めて杏が白馬にあったときに、おかしな事にもなる。
それでも。
「ネックレス、ですか。──もしかしてこれの事でしょうか?」
下を向いてて顔は見えないが、必死な声を聞いてしまえば。
早く、安心させたくなるじゃねぇか。
「これです!これ!うそ!!!」
「良かった。──今日、この辺りを見張っているときに見つけて、拾っていたんですよ。貴女のものだったんですね」
まあ、辻褄は、合わなくもねぇだろ。思いながら言い訳一つ。
「大切なものなんです!!見つからなかったらどうしようって…!!ありがとうございます!!」
喜んでる姿を見て、ほっとする。
全く無茶しやがって。ドジなくせに薄暗い所一人で来てんじゃねぇっての。
嬉しそうにこちらを見上げる瞳に、思わず、くしゃくしゃとその頭を撫でてやりたくなった。が、俺は今白馬になっていたんだ、と自制した。
その時。
「──え。くろば、くん?」
「くろば……?もしかして、黒羽、快斗君のことでしょうな?彼なら、僕のクラスメイトですよ?」
「え、そうなんですか!?」
──っべぇ。まじ、焦った。
杏のやつ、なんで。
慌てて白馬の余計な情報まで喋っちまったし。慌てながらも、顔には出さず、切り返す。
「こんな可愛いお嬢さんが、黒羽君のお知り合いでしたとは。彼も隅に置けないものですね。」
「いや、そんな。私たちそんなんじゃありませんよ」
間髪入れず返って来た返事に、たしかにその通りなんだが、なんだが腹が立つ。杏にとって俺ってただの知り合いってだけ?
てめぇ、覚えとけよ。
「──まあ、いいでしょう」
とにかく、ここからこいつを離しつつ、俺も現場にむかわねぇと。
送って行きたいところだけど、俺今白馬だし。こいつのカッコで杏を送るのは不服だ。
中森のおっちゃんにでも頼むか?
そう、思考を巡らせていると。ぺこり、と杏がお辞儀してきて。
「本当に、ありがとうございました!!これ、すごく大切なものなので助かりました!!」
「──なら良かった」
深々とお辞儀をする杏に、安心してそう返す。
ちょいと無茶してっけど、今渡してやって良かったな、なんて。
「──キッド!!」
その時、遠くから面倒くさい野郎の声が。
白馬の野郎、現場にいたはずだったのによ。
「な……え……?」
困惑している杏と。
「貴様、キッドか!!」
叫ぶ中森のおっちゃん。
あーもう!ここまできたら、しゃーねぇ!!
マジシャンはどんな時でも余裕の微笑み!!
変装を解き、キッドになった俺にぎゃーぎゃー叫びながら腕を掴んだままの杏に苦笑しつつ。
「レディに捕まえられるより、レディの心を盗む方が、私の本分ですよ」
ちゅ、とその手の甲に、唇を落とす。
白馬の上書き、なんて自分でもどうかと思うけど。
キッドならしてもいーだろ?
「ぎゃー!!!」
あいも変わらず色気のねぇ声で叫んだ杏の、その顔が真っ赤になっていることに満足し。
「では、私はこれで。レディ、夜の一人歩きは危ないですよ?」
まじ、気をつけろよ。
そんな気持ちを込めつつも。
俺は杏の前から姿を消した。
──なんとなく俺が絡んだってことで白馬の野郎が杏の事を気にしそうな、嫌な予感がする。
とっとと盗んで、杏の所に戻るしかねぇ、な!
そう決めて。俺は月夜をバックに駆け出して行った。
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