#27_K




「寺井ちゃんに頼みがあんだけど、いい?」



色々あったが、無事にゲットしたビックジュエルを月にかざしながら。

後ろにいた寺井ちゃんに話しかける。
今回もお目当のものではなかった。

杏もこれ見て凄い凄いと興奮していたし、まだスイーツミュージアム開催中だし、早めに返そう。
いつものようにおっちゃん経由でいーかな。



あの後。白馬の野郎がすぐに追って来なかったことは非常に気掛かりだったが、盗み出した後、脱出中にやつがひとりでいるのを見かけた。

どうやら杏はひとりで帰っていったのだろう。

無駄に紳士なあの野郎が送らねぇワケねぇとは思いながら。
杏がひとりで帰ったっぽいことに、危ねぇだろうと思いつつ、少し安心もしつつ。

矛盾してんなと自分でも思う。


もう一度この姿で会うのは危険だと、わかってはいる。


だけどあいつをひとりで帰らせる方が危険な気がして。


一応、保険だけ掛けておこう、そう思って寺井ちゃんに持ちかけたわけで。


「俺のこのケータイ預かってて欲しいんだ。んで、このLINEのとこ、内容はもう打っといたから、俺の合図で相手に送って欲しい」
「はあ。ライン、ですか。送信ボタンとやらを押すだけなら私にもなんとか。この相手というのは…女の子?」
「あ。寺井ちゃんにまだ言ってなかったっけか。ほらあの写真あっただろ。あれに写ってた女の子」
「なんと!出会えたのですか!」
「まさかのな!んじゃ、頼んだ!行ってくっから!」


なんとまあ…運命的な事があったものですなぁ。
そんな寺井ちゃんの呟きは、すでにハングライダーで空の旅へと出て行った俺の耳には届くことはなく。






ぐるり、と辺りを飛び回りながら、それっぽい人影を探す。


出来れば無事帰っててくれよ、そんな風に思いながら。
街灯の少ない道も見とかねぇとな、と旋回して。


「ほんっと、期待を裏切らねぇっつーか…」


住宅街の辺りで、ぽつりと佇んでいる杏を見つけた。
慌てて方向を正し、近くへと降りる。

こんな暗いところで、危ねぇだろーが全く!


「夜道は気をつけて、と言ったはずだったんですがね」


振り返った杏は、驚きに満ちた表情で。
キキキ、と猿みたいになってる。反応がほんと、面白すぎんだよこいつ。


「また会いましたね、可愛いお嬢さん」


上から探してたんだけど、な!白々しくもそう言って。

叫ぶ杏に、不敵に笑いかけた。


「最近は物騒なんですから、こんな暗い道を一人で歩かない方が良い」

キッドなのでカッコつけて行ってるけど、内心では「おめぇまじ襲われても知らねぇぞ!ったく!」てな感じだ。
危ねぇったらありゃしねぇ。

今も、近づいただけで転げそうになってるし。


「んぎゃっ!」 
「っと。──ほら。暗い所には危険が多いんですから」


言いながらこちら側に引き寄せて。

ふわりと香るシャンプーの香り。柔らかな髪が、ちょうど顎辺りに触れた。

杏が謝りながらもぞりと動いて、離れようとしたところで。
サイレンの音が響いた。ぎゅ、とスーツの腕を掴まれる。

見上げてくる顔は、心配そうで。

自然、上目遣いになっているその様子に、ぐらりと理性が崩壊しかけ。俺を掴んでいた腕が離れても、その身体を離せなかった。


せめて、サイレンの音が聞こえる間だけでも。
この腕の中に閉じ込めておきたい、なんて。





音が遠ざかり。名残惜しくも身体を離す。
揶揄いながらも、柔らかな髪を撫でて。

一切顔を上げない杏に遠慮なく撫でさせてもらった。かきーんと固まっている様子を見ると、本当、キッドのファンなんだな、と実感する。


そろそろ送ってかねぇと色々とやべぇかも。色々と。


「よろしければ、お家までエスコートさせて頂けませんか、レディ?」

気障な怪盗らしく、翼を広げて誘う。
結構ミーハーなこいつは、喜ぶか緊張するかのどっちかだな、と思ってたら、斜め上の返答が来て。


──ほんと、並みじゃねえドジっぷりですこと。


俺のままだったら大爆笑してたとこだが、今はキッド。
必死になって笑いを堪える。

そんな中話を続けて謝る杏から、気になる言葉が。

ん、今さっきもドジやらかしたのか?
だからひとりにさせたくなかったんだっての!

慌ててしゃがみこみ、足を確認する。
くっそ、暗くて気付かなかったぜ。俺としたことが。

マジシャンかつ怪盗なので、色々なものが懐には入っている。
おしぼりもその一つで。近くに水場もなさそうだし、と泥で汚れた素足をおしぼりで拭う。

上で杏がギャーギャー騒いでるが、御構い無しだ。


そこで、違和感に気付いた。

おしぼりに、泥だけでなく、血が付着していることに気がついて。
どっか怪我したのか?と探しても、怪我が見当たらない。


「ちょ、ぎゃー!ほんともう、キッドさん!」
「──血が付いてる。でも、傷が、ない」
「わ、私、昔から異常に傷の治りが早くて!だから、大丈夫なんで、ね!もうご勘弁を…!」


──傷の治りが、早い。

確かに、よくよく考えたらこいつのドジっぷりは並じゃねぇのに、さらけ出してる腕とか足に、あざの残りとか、傷跡とかねぇもんな。
特に気にしてなかったけど、聞きしに勝るドジっぷりを思うと、それは違和感に繋がる。

傷が治るのは良いことだけど。
なんだろう。
すごく胸騒ぎがする。

なんだ?俺は何か、見落としてないか?


思考に耽りそうになったところで、どこかしゅんとしてる杏に気付き、慌てて言葉を切り出した。

「──治りが早いからって、痛かったでしょう。痛みに慣れたらダメですよ。酷い怪我にならずに良かった」


そう。とにかくこいつが無事なことが第一だ。


思い、安心させるように顔を上げてそう伝えたら。





「黒羽──君?」





じっとこちらを見つめる瞳が、『俺』を捉えていた。









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