「あの探偵君とは好敵手でしてね。彼の身の周りはある程度調査済みなんです。黒羽君は、彼の同級生でして。もちろん、直接面識はないですが」
…我ながら、ポーカーフェイスが出来ているのか不安ではあるけど。
ここはもう、乗り切るしかねぇ。
こいつが、『俺』を呼ぶ時はいつも、瞳をじっと見つめた時で。
一体、俺の何を感じ取っているんだろう。
親父譲りの変装術を見破れんのは、俺の母ちゃんくらいなもんだと思ってたんだけど。
──仮に、黒羽快斗が、キッドだと知ったら。杏はどう思うんだろうな。
バレたらダメだと思っているのに、そんなとりとめのない事を考えて。
綺麗になった脚を下ろして、立ち上がる。
さあ、あとひと押し。
説得力のある言葉というのは、慌てず、淡々と。事実を織り交ぜて話すこと。
脚を拭きながらこっそりと寺井ちゃんにも合図を送ったし。
どんな時でも、相手に悟らせない。
それが、マジシャンだ。
「たまたまあの場所に下調べに行った時に、探偵君が貴女と親しそうにしているのを目撃しましてね。親しい人物なのか、誰なのだろうと貴女を目で追っていたら、その後合流した男が、探偵君を調べた時に居たクラスメイトの黒羽君だったんですよね」
「親しそうって…たまたま転んだところを助けてもらっただけです」
おっと、つい、昨日のをこと思い出して親しそうとか言っちまった。
なんかあったのか、少し嫌そうな声でそう応える杏。
あの野郎やっぱなんかちょっかいかけやがったな、と少し苛ついて。
「本当、危なっかしいんですね──色んな意味で」
だからだろうか。
目が、はなせねぇんだって。
杏が俺の言葉に返答する前に、素早く黒羽快斗の姿に戻る。
どこで俺を感じ取ってんだかわかんねぇし、逆に黒羽快斗に変装したってことにした方が良い気がして。
キッドの格好じゃ普通には送れねぇしな。
黒羽君だ…!と驚く杏に仕草や声はキッドのまま、白々しくも名前を聞いて。
恭しくお辞儀をひとつ。
「じゃ、帰っか、杏!」
言動も全て『俺』に戻すと、杏は目をこれでもかってくらい見開いていた。
目玉とれるぞー。
動揺しながらもひとりで帰れるとか言い出す杏に笑顔で圧力をかけ。
本当、この子どんだけ自分が危なっかしいか考えた方がいい。
大人しく送られる気になったみたいなので、さあ行くか、と足をすすめようとしたところで。
「足のことも含めて、本当にありがとう!──快斗、君」
──それは反則だろっ。
杏からのまさかの名前呼びがきて。
ポーカーフェイスが崩れかけた。
顔を覆いたくなる。耳、赤くなってねぇよな?
まさか、杏に名前を呼ばれるだけでこんなんなるとは…てか、俺がキッドの時に言うってどゆこと?
練習のつもり?小悪魔?
なんか杏自身も照れてるようだし。
まじ、俺がキッドの時じゃなかったら後ろから抱きしめてたぞ。
照れて俯き加減になっている杏の後ろ姿に、目を離せずにいると。
首元に光るチェーンが見えて。
そういや、あれの為にこいつここまで来たんだったな、と思い出す。
思ってた以上に大事なものだったっぽいそれが、今になって気になりだした。
夜分にでもひとりで探しにくるってこたぁ、誰かからのプレゼント、とか?
誰か、ネックレスを贈られるような相手とか、いんのか?
「そのネックレス」
「え、これ?」
すっかり俺を黒羽快斗として対応している杏は、敬語はもう使っていない。
歩きながら、悶々と考えていたら、つい、口に出してしまった。
「ああ、うん。いや」
煮え切らない俺の言葉に、杏はこてりと首を傾げている。
ああもう!いつものように軽口を叩きながら聞いちまえ!
「すげー必死っぽかったから。彼氏からのプレゼントとか?」
からかい混じりに聞けただろうか。
俺の言葉に、へ!?という顔をして、杏はすぐさま首を左右に振った。
「ち、違うよ!これ、お母さんのなの!お父さんとお母さんの初デート記念のものだから、大切な思い出の品、私が無くしちゃやばいから!」
「なんだ、そっか」
「そうだよ!彼氏なんて居たことすらないよっ!」
あ、なんか自分で言ってて切ない…とか呟いている杏の言葉に、存外ホッとしている自分がいた。
初デートの記念、ねぇ。
杏ももしかして、そういうの憧れちゃってたりするもんなのか?
まあ、俺らそういう関係じゃねぇし、別にあれだけど!
なに考えてんだ俺!
っとに、こいつといると、調子狂うわ。
杏のマンションの前まで着いて。お礼になんか買ってくると言う杏を制し、俺はキッドの姿へと戻った。
別れの言葉と共に、名前で呼んで。と気持ちを込めて。
──今度、本物の黒羽君にも、名前で呼んでみては?男は単純ですから。きっと喜びますよ?
なーんて、ちょっと付け加えてみた。
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