無事、杏も送り届けることが出来たので、そのまま寺井ちゃんの待つブルーパロットへと向かう。
二階の窓から入り、そのままキッドから俺の姿に戻ったところで、部屋に寺井ちゃんが入ってきた。
「ど?送ってくれた?」
「はい。滞りなく」
「サンキュー。いやーあいつ、なんか知らねェけど、急に俺のこと、黒羽君?とか聞いてくっからよ!どこで判断してんだか知らねェけど危なかったぜ。まあ、上手く?誤魔化したし、寺井ちゃんのLINEでアリバイ工作もしたし大丈夫だろうけどな!」
「…危なっかったと言うわりに、嬉しそうですな?」
「は?」
「いえいえ、老婆心の独り言ですな」
なにやらニヤついてる寺井ちゃんに首を傾げながらも。
色々あって疲れた俺は、そのまま店で休ませてもらうことにした。
「あ、寺井ちゃん、今日のコレもダメだったから、またいつものように頼むわ」
「──中々、見つからないもんですなぁ」
「──あぁ。でも、ボレー彗星まであと1年とちょっと。ぜってぇ奴らより先に見つけてやるさ」
俺の言葉に、寺井ちゃんは深く頷き。
そのままビックジュエルを受け取り、部屋を去った。
にしても。今日の杏のナマ足良かったな──じゃなくて!
あの、足の、怪我。
治りが早いってレベルじゃなかった。
俺と離れてる隙に怪我をして、俺とまたあった頃には治ってるなんて。
異常に早いっていっていたけど…。
ふと、思い出すのは、写真の裏のelpisの文字。
「──ギリシャ語で、希望を、意味、する…」
──パンドラの匣。最後に残ったものは。
そこまで考えて、首を振った。
「バカなこと考えてねぇで、寝よ寝よ」
そのまま、部屋の簡易ベットに横たわって、眠りについた。
数日後。
俺は杏の自宅マンションの前に立っていた。
今週杏とマクドナルドで話していた時、「ウチ来る?」的な展開になり、今に至る。
まあ、そんな色めき立つような話でなく、普段のお礼にご飯でもどうかな?的なやつで。
意外に料理上手らしい、杏の手料理、結構楽しみだ。
その時に、母親が亡くなっていると聞いて。少し、驚いた。
ネックレスの事を聞いた時に、母親のだと言っていたので、てっきり仲良し夫婦の思い出の品を勝手に着けてきたのかと。
形見だったら、そりゃ、あそこまで必死になるよな。あの瞬間に渡して良かったな、としみじみ思いつつ。
亡くなったのはいつ頃か聞いたら俺の親父と同じくらいの頃で。
──ただの偶然なの、か?
奇妙な共通点。杏の体質。
この前から、妙な胸騒ぎが止まない。
そんなことを思っていると、杏がマンションからこちらに向かっているのが見えた。
あーあー、走るな走るな、転ぶぞ!
すっかり過保護が抜けない自分がいた。
なんだかこちらに向かって変なポーズをとっている杏はいつもと髪型がちょっと違って、ふんわりと内巻きになっていた。
肩が出た服が目に毒なような。
これで家呼ぶとか確信犯じゃね?とか思いながら。
そういや、私服でちゃんと会うの初めてだな、と思い出す。
前はキッドの時だったし。
多分、可愛くしてきてくれたんだな、と思うと、自然顔がにやけてくる。
「うんうん、可愛い可愛い」
俺の言葉に、くすぐったそうに、嬉しそうにしている杏を見ていたら、さっきまで考えていたことはもう頭からすっぽ抜けていた。
買い物する姿は真剣で。ぱっぱと品物を選ぶ姿は、本当に家事やってんだなぁと思うばかり。
関心したように褒めると、なんだか微妙な顔をしていたけど。
そんなこんなで、初の杏のお宅訪問。
外見からしてそこそこ高級マンションだろうなと思っていたが、やはり中も高級感があった。
オートロックの玄関先には、ソファとテーブルが置いてある応接室みたいなものも設けてあり、部屋まで来なくてもここで対応出来るようになっている。
管理人も常駐しているようだ。
至る所に監視カメラも付いている。
セキュリティしっかりしてんだよな。軽く調べてもなんも出てこなかったもんな。
まあ、俺が本気になりゃーこれくらいは余裕ですけど!なーんて思いながら、杏の家の部屋の前に着く。
カードキーで扉を開けて、杏が、どーぞどーぞと俺を中に招き入れ。
紳士靴が置いてあったので、親父さんは家にいるみたいだ。
あいさつくらいしとかねぇとな、男がいきなり娘ん家来てどーんと居座ってたらマイナスイメージだろ、と杏に尋ねたところ。
どうやら、今は寝ているらしい。とんだブラック企業かと思ったら、なんと科学者、しかも東都大の博士とのこと。
にしては杏は数学ボロボロだよな。と失礼な事を思いながら、リビングへと案内された。
ソファに座って待ってて、と飲み物を持ってきてくれる気配り付き。
なんか好きに録画してあるの見てて、と言われ、何気に録画リストを見る。
今シーズンのドラマ、バラエティに混じって怪盗キッド特番も録画されていて、麦茶を噴き出しそうになった。
まじで、ちょっと照れるっての。
杏ちゃん本当俺のこと好きなのな。と何気にキッチンに立つ杏に視線を向けると、無造作に一つ括りに縛った髪と、エプロン姿の杏が立っていた。
…いい。
なんか、いい。
おくれ毛がうなじの方からでていて、首筋がはっきりとわかり。またショーパンとオフショルだから、前からだと、まるで──。
「どしたの?」
はっと気付けば、キッチンにいる杏のすぐ後ろまで来ていた。
おそろしや、エプロンの威力。
「いや、エプロンが…じゃなくて。米、やっとくか?それくらいなら手伝えるぜ」
「え、と。じゃあ、お願いしようかな」
慌てて誤魔化し、手伝いをかって出る。
杏は特に気にした様子もなかったので、ほっとひと息。
それどころか感心されてしまった。
下心がありましたなんて言えねぇ。
軽くキッチン周りを見ると、なるほど、ドジ防止作が沢山あった。
角が丸い棚に、簡単には落ちて来ないように、ネズミ返し風になっている収納スペース。上の吊り戸棚は電動式で、上から物が落ちてくるとか、脚立に乗って怪我しないようになっていた。
ここなら杏も普通に料理できるってわけか。
そうして一緒にキッチンに立ちながら作業していると、ドアの開く音がした。
目線をやると、少しヨレているが、高校生の娘を持つ父親にしては、若々しい、男の姿。
長めの髪をひとつに結び、お疲れだからかメガネがちょっと下へとずれている。
整った顔立ちがでも、メガネ越しでもわかった。
この人が、杏の父親か。
そんな事を思いながら挨拶すると、目が合った親父さんは驚いたように目を見開いていた。
独り言のように小さく呟かれた言葉に、こちらも驚いて。
──若い頃の盗一に、そっくりだ
…俺の親父を、知っている?
この人は。
杏の親父は──何者だ?
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