「ちょっと黒羽君お借りしてもいいかい?」
その言葉に誘われて共に来たのは、書斎とおぼしき場所。
先に通されたそこは、膨大な量の書籍と、パソコンデスクがひとつ。
ひとつだけある窓はペアガラス──ん、これ、防弾ガラスじゃねーか!?
なんで一般宅にこんなガラスが!?
驚いているところで、カチャリ、と扉の鍵が閉まる音。
──わざわざ鍵までかけるってこたぁ、杏には聞かれたくねぇ話ってことだろ。
振り向くと、杏の親父さんが少し口角を上げていた。
逆光でメガネが光り、表情は口元でしか伺えない。
ドクドクと、心臓の音が嫌に響く。
「さて、と。何から話そうか」
「──なぜ、俺の親父の名を?」
ああ。やっぱり聞こえて居たんだね。
そう、親父さんは笑って。
「僕と君のお父さんは小学校からの旧友でね。まるで若い頃のあいつを見ているようで、驚いたよ。君もマジックするんだよね?あいつも昔はポンポンマジック繰り出してはクラスを沸かせてたよ。いやぁ、懐かしい」
「そ、だったんすか」
「──千影さんは元気かい?」
…母さんまで知っているのか。
にしては、今の今まで、この人の存在を俺は知らなかった。
両親共に交流があるなら、名前くらいは知っていてもおかしくないはずなのに。
俺の記憶を持ってして、それがないのは、不自然だ。
ごくり、喉が乾いて唾が上手く通らず、そんな音を立てた。
「元気、です」
「ふふ、緊張している、かな?そりゃあそうか、ガールフレンドの父親だもんねぇ、僕」
それだけでここまで緊張している訳ではないのを、わかっているはずなのに、そんな風に言う。
この人は、何を考えているんだろう。
「ウチの子ぽやぽやしてるように見えるだろうけど、ああ見えて、母親を早くに亡くしていてね。寂しい思いも、苦労もしてるんだよね」
「あ、少し、伺って、ます」
「あの体質だしね、大変な思いも沢山している。普通の子より、面倒だと思うよ?君くらいの好青年だ、他にも沢山良い子がいるんじゃないかな?」
これは、遠回しに、ウチの子に手を出すなって、ことか?
ただ、どうしてもひっかかる言葉があったのを見過ごせなかった。
「あいつ、じゃねぇ、杏さんは確かにドジですけど。──でも、面倒なんて思ったことは一度もないっす。ほっとけねぇっては、思いますけど」
杏を面倒だなんて、そんな風に言ってんじゃねぇよ!
自然、語尾が強くなってしまった俺に、親父さんは噴き出した。
なんなんだ。
笑いながら、メガネを外して涙を拭っている。
見えなかった表情が顔を出すと、存外優しい表情で笑っていて、少し拍子抜けした。
「──ははっ!ごめんごめん。いやぁ、ちょっとね、どんな反応するかカマかけちゃって。もちろんうちの可愛い杏が面倒なんて思ったこと、僕も一切ないから安心してね?いやぁ愛されてるねぇ、うちの子。ほっとけない、かぁ」
──あ、俺、杏の親父さんになんてこと言っちまったんだ!
揶揄うように笑う相手に、自身の顔に血が集まるのがわかってしまう。
「それだけ、想ってくれていれば大丈夫、かな?」
笑っていた顔を、真剣な表情に戻した親父さんに、自然、こちらも緊張が戻って。
「──君は、パンドラの事を、知っているかい?」
…親父さんの口からその単語が出るのを、俺はどこかで、覚悟していたのかも知れない。
「──はい」
「僕の知っている事を、君に──いや、怪盗1412号に、話したい」
──これは、確信している。
俺がキッド、だと。
誤魔化しは、効かなそうで。
本当、何者なんだろうこの人は。
わからねぇことだらけだが、ここはそのまま、乗るしかねぇだろう。
「君には、辛い話になるかもしれない。それでも良いなら、東都大の僕の研究室に、来てくれないか。話はそこでしよう。ここも、防音にはなっているけど──長い話になるからね」
「俺が勝手に入れるんすか」
「『君』なら、余裕だろう?」
──これは、『キッド』で来い。そういうことか。
挑戦的な瞳に、こちらも強い瞳で頷くと、ふ、と親父さんは表情を緩めた。
「あ、大切な事を言い忘れてた!僕も、もちろん杏も君の敵ではないから安心してね!あ、でもだからといって、杏にオオカミになられるのはちょっと、いや、大分嫌かなぁー」
でも、男子高校生だもんねぇ、そう、うーんと悩む親父さんに、拍子抜けしそうになる。
──つ、掴めねぇ…!
「大丈夫っす、ここでそんなことしませんよ」
ここで、と付けてしまったのは、まあ、俺も男子高校生だから、な。
今日のところは、ここまで!杏もはらはら待ってるだろうし、戻っていいよ!とばかりに話を切られた俺は、杏の居るキッチンへと戻った。
お父さんがごめんね!!と慌てたように謝る杏の顔をみて、ほっとしている自分がいて。
思った以上に緊張していたのだろう。
──親父さんが、何者なのか。杏は。
──俺は、覚悟を決めて、会いに行かなきゃ行けねぇみてぇだな。
何が、どんな真実が待っていようとも。
杏の笑顔だけは守りたい。
目の前で笑っている杏を見て。
そう、思った。
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