#閑話


◾️20のちょっと後。学祭にて◾️



かつかつかつかつ。

自然歩きが荒くなる。

私を見て、学祭の人がはびこる中だっていうのに周りはがモーゼの十戒のように道をあけてくる。

歩きやすいからいーけど。
まあ、サンタの袋かって程の大きい袋を肩に担いでずかずか歩いてたら、驚くし、引くわね。わかる。


目的地に着いて。廊下側の窓からみて、大体の状況を把握した。


他人の恋愛毎に首突っ込むなんて、好きじゃないけど。


あの妙な体質の所為で。
どこか恋愛について一歩引いてたあの子が、多分初めて心を傾けた。

なら、これくらいはしてもいいだろう。






ガラリと教室の扉を開けると、盛り上がっていた室内が騒ついた。

おそるおそる席に案内しようとこちらに来る生徒らしき人物を悪いけど無視して、こちらを見て目を丸くしている男に近付く。

「え、杏の友達の…」
「どーも」

相手が言い切る前に、拳を握り。



ゴス、と鈍い音が響いた。



「うっ」

ちょっとは手加減してやったが、鳩尾に一発くれてやると。
ガタンと机にぶつかりながら、クロバが倒れこんだ。

隣にいた可愛らしいバニーちゃんが慌ててかけよってくる。


「え、快斗!?ちょ、何するんですか!」

「──今。ここに来たのが、私じゃなくて、杏だったら」

──どう、思うと思う?


私の言葉にクロバは顔色を変えた。
バニーちゃんが私たちを見比べて、怪訝そうにしているが構わず続ける。


「この浮かれた学祭ムードの中、ちょっとした話題がそこら中流れてる。お似合いバニーカップルのマジックショーがすごいだとか。すんごい美人が腕相撲デスマッチ優勝したとか」

まあ、これは私だけど。
ちなみに今担いでいるサンタの袋みたいなのに、優勝商品のうまい棒が入っている。

しばらくうまい棒天国だわ。万歳。


「──あと、なんて名前だっけ?ハクバ?って奴がびしょ濡れで大泣きしてる女の子連れてどっか行った、とかね」


最後の言葉を口にした瞬間、クロバが立ち上がった。
痛みに顔を顰め、最初よろけながらも駆け出していく。


「え、ちょ、快斗!?」

「悪ぃ!青子、あと頼んだ!」

「はぁ!?ちょっ…!」


こちらを振り返りもせずに走り出したクロバ。
その後ろ姿を呆然と見ているバニーちゃんに、少々罪悪感が湧く。

この子、多分…。

「…最近、快斗、少し変わった気がしてた。どこか、遠くに感じる時もあった。でも、そうかぁ。そうなのかぁ」

独り言なのか。私に向けて言っているのか。
わからないが、居た堪れないので、言葉をかける。

「あー…なんか、ごめんね。これ、食べる?」

うまい棒を1束差し出すと、その腕を掴まれた。

「…貴女、責任とってもらうからね!」
「は?」

「その景品もってるってことは、貴女でしょ腕相撲優勝者!瓦割りとか出来る?」

「は?余裕だけど、何?」

「はーい!マジックショーから演目変わりまして、次からチャイナドレス美女の瓦割り始まりますよー!是非おこしくださーい!!」

「は!?あんた、何勝手に…!」

「青子達一位狙ってるの!あなたが快斗どっか行かせちゃったから、あなたに責任とってもらわないと困る!」


おーい!衣装班ーー!急ピッチねー!!

任せといてっ!

そんな声と共に、引きづられ。


本物のウサギのように、少し目が赤くなっていたバニーちゃんに免じて、仕方ないので協力してあげるけど。


…あの野郎もう一発殴っておけば良かった。







『江古田に謎の美女現る!彼女は一体!?』


腕相撲の写真とチャイナドレスで華麗に瓦を蹴り割る私が一面に載ったそんな校内新聞をみて、クロバが噴き出したのは、ちょっと後の話だ。
















◾️#33-Kの少し後。研究室にて◾️





「はぁ」

「どうしたんですー博士。なんかいつも以上にやつれてますけどー?」


甘いものいります?
そう言って緑水君は椅子に座ってデスクに突っ伏す僕に、とにかく甘い、甘過ぎる!で有名な飴をくれた。

緑水君は甘いものが好きだ。
コーヒーはブラックだけど、とにかくいつも甘いものを持ち歩いている。
脳の糖分が無くなると頭が回らなくなるからだろう。

緑水君の頭の回転には僕も舌を巻くレベルだから。


まあ、だから、彼には僕の助手になってもらった時に、そのまま杏の件の協力者になってもらったのだが。


「いやぁ…娘に彼氏が出来るなんて、まだまだ先の話だと思ってたんだけどなぁ、って。しみじみ思ってしまってさ。いや、まだ付き合っては居ないみたいなんだけどね。なんだかね、家に帰って二人が一緒にご飯食べてるとこみるとさ。あれ、僕お邪魔虫!?みたいなねぇ…」

「多分そのお邪魔虫ってやつ、おっさん言語ですよ博士。でも付き合うとかそれ、本当勘弁なんですけどねぇ。杏ちゃんデートに誘えなくなっちゃうし」

「君はただ女子高生とデートしたいだけでしょ」

「いや、杏ちゃんとしたかったんですって。いやぁー残念、狙ってたのになぁ」

どこまで本気なのか、全く本気には見えない態度で、チェシャ猫のように口角を上げながら、緑水君はそんな事を言う。

仮にも君の上司の娘なんだけどね。狙ってたとか普通に言うかな?

苦笑しながら頂いた飴を舐めた。
この、口に拡がるなんともいえない甘ったるい感覚…よく平然と2つも3つも食べれるよね、緑水君は。



『怪盗キッド、今夜の予告は、こちら!この帝都ホテル最上階に期間限定で展示されているパープルルビーです!!』


テレビからそんな中継が流れ、二人でそちらに視線を向けた。

「まだ、やるんですねぇコイツ」

「──父親のように、杏から少しでも注意を逸らすためらしいよ。杏のことが万が一にも気が付かれないように、だってさ」

「…ふーん。愛されてるんですねぇー」

「嬉しいような、寂しいような…」

「まあ、どんな奴か俺も気になりますんで、次の作戦会議の時は俺にもコイツのこと紹介して下さいよ」

「虐めちゃダメだよ?緑水君」

「いやだなぁ博士、俺が揶揄うのは、博士だけですよー」

「それもどうかと!思うけどね!」

「さあて、じゃあ杏ちゃんの為に、今日も研究頑張りましょうかねぇ」

「…すまないね、君まで巻き込んでしまって」


だが正直、僕だけでは、杏を救う方法は未だ暗礁に乗っていただろう。

彼がこの方法を発案しなければ、どうなっていたことか。


「いえいえ。博士もわかるでしょ?こんな案件、研究者冥利に尽きますって」

パンドラの事を調べるのは、僕も娘のことが無ければ、純粋に知的好奇心をくすぐられる案件だ。
こういうところが、研究者というものの考え方なのだろう。
緑水君のように解明したくなる気持ちは、僕にもよくわかる。

「まあ、でも上手くいくかどうかは、まずは彼があの宝石を盗み出せなきゃ話になりませんからねぇ」

「──僕は、酷い奴だよね」

「へ?」

「大切な友人の息子を、自分の娘の為に危険な目に合わせるなんて、さ」


怪盗キッド復活のニュースが出た時。
もしかしてと思った。
危険だから、辞めた方がいいと、伝えに行くことだって出来ただろう。

それをしなかったのは、少しでも杏のことの目眩しになると、思ってしまったからに違いない。


彼が、杏のところまで辿り着けるとは思わなかったけど。

そして、次は。

彼の気持ちを利用して。
とんでもないお願いをしている。千影さんは、むしろそれをさせないとあの子何しでかすかわかんないわ、とか言っていたけれど。


「まあ、博士が酷い奴なのは否定しませんけど」

優しさのかけらもない緑水君の言葉がぐさぐさと胸に刺さる。

ずーんと落ち込む僕に、緑水君は続けた。


「でも、『良いお父さん』だとは思いますけどねぇ。博士の必死な姿は、俺がよーく知ってますから」


「──ありがとう、緑水君」

「ま、とにかく今日は仕事も終わらせないとですからねぇ。杏ちゃんのことで最近全然進んでなくて、上もオカンムリっすよ」

「うわあ、そうだった!ああ、今日もここに缶詰…」

白衣を正し、椅子から立ち上がる。

テレビでは未だにキッドが取り上げられていた。
不敵に笑う姿が映し出される。


…娘を頼んだよ、快斗君。


テレビ越しの彼に、そんな事を呟いて。

緑水君と2人、検査室へと足をすすめた。










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