#34

「ほら、杏、起きろって。チューしちまうぞ?」
「僕の前でやめて下さい」


あれ。なんでだろう。

黒羽君の声が聞こえる。凄いな、朝から良い幻聴だな私。

そうぼんやりと薄眼を開けると、黒羽君の顔が目の前にあった。


うわぁ。かっこいいなぁ──って、んんっ!?

「うわ、わわわ!!」
「お、起きたか?このまま寝てたらキスして起こすとこだったのに、残念」
「させませんからね、他人の車の中で!」

起き抜けの回らない頭で、そういえば白馬君に送ってもらうとこだったことを思い出し。

うわぁ、寝てしまったのか。
え、涎とか出てないよね?とこっそり口元を確認する。

うん、大丈夫そうだ。


「杏も起きたし、あとちょっとのとこだし、ここでいいぞ、白馬」
「家の前まで送りますけど?」
「オメーに杏の家がバレるのが嫌だ」
「──黒羽君、君って奴は…」


黒羽君は白馬君に対して、なんていうか、遠慮がないよなぁ。
これも1つの仲良しの形?言ったら怒られそうだから言わないけど。

行きの車も運転してくれていたおばあさんが、空気を読んでブレーキをかけた。道路の端に車が止まる。

先に降りた黒羽君が、ドアから私に手を差し伸べてくれる。
ちなみに、行きは白馬君も同じことをしてくれていた。

──うーん、紳士過ぎるよね、この二人。
うちの高校の男子は誰もこんなことしない気がするぞ。

ありがたく手を頂戴し、車を降りる。
そのまま助手席の白馬君と、おばあさんに向かって頭を下げた。

「本当に何から何までありがとうございました…!このお礼は改めてさせて頂きますので!」

ふふ、と白馬君の笑う声がした。

「いえいえ、良いんですよ。面白いものも見れましたし。また是非遊びに来てください。美味しいお茶菓子用意して待ってますから」
「行かせねぇけどな」

一瞬あの美味しかったイチゴタルトが脳裏をよぎったけど、不機嫌そうな顔をしている黒羽君をみて、かぶりを振った。

いけないいけない。



動き出した車が見えなくなるまでお辞儀をしていた私を待ちかねたように、黒羽君が私の手を引っ張る。

「ほら、行くぞ」
「あ、うん」

にしても。改めて思うと、なんで黒羽君は私が来ていることがわかったんだろう。
びしょ濡れ女で白馬君と噂になっても、まさか他校の私を想像できる?

もしかしてだけど。


「──馨、ちゃん?」
「ん?」
「あの、さ。馨ちゃんが、なんか、した?」


口より先に手が出る馨ちゃんだ。
冷たいようで、あれでめちゃめちゃ私のことを気にしてくれてる馨ちゃんが、私の送ったLINEで、何か暴走したのではなかろうか。

恐る恐る黒羽君に尋ねる。


黒羽君はにっこりと笑うだけだった。


──馨ちゃーん…!


「まあ、あれだよな。杏の友達には感謝してるぜ?こうして杏と気持ちを確かめられたし?」

引っ張るように繋いでいた手から、一瞬離れて指を絡めとられた。

これは所謂、恋人繋ぎ…!


「…心臓おっつかない」

思わず零した言葉に、黒羽君は怪しく笑って。

「──こんなもんじゃねぇよ?心臓強くしてくんねぇと。もっと、色々したいんだけど」

耳元でそんな風に囁かれて。
繋いだ指がいたずらに手の甲をなぞる。


もしここが私のベッドだったら、ジタバタジタバタしているくらい、悶えました。はい。








家のドアの前まで来て、扉を開ける。
玄関先で、向かい合った。

いつもお父さんが居ないときに、こんな風に2人きりになる時もあるけれど。

今日は、ことさらドキドキしてしまう。


「なんか、食べてく?」

「んー、今日はいいや。杏を無事家の中まで送り届けたかったから、部屋まで送ったけど。今日はこのまま一緒にいると、俺、何しでかすかわかんねぇし。親父さんにここではノーオオカミ宣言しちまったし」

「──そっか」


もうちょっと、一緒に居たかったなぁ。
なんて。
顔に出ていたのだろうか、黒羽君がくしゃりと私の頭を撫でた。

「そんな顔すんなって。ここで色々したくなっちまうから」

甘い瞳でそう言われて。
先程から、付き合う前から散々ドキドキさせられてたけど、レベルがぐんと上がっている気がする。

これが、カレカノの威力なのか…!?
付き合った事ないからわかんないけど!
皆こんなにすごいの!?

「く、黒羽君、なんか、色々、レベルが上がってますよね?」


真っ赤な顔になりながら、思わず尋ねる。
黒羽君はにっこり笑った。

「上げてんの、杏が色々早く慣れるように。あと、その呼び方も直そうなー」

「へ」

「『黒羽』君は、はないっしょ。タダの知人の白馬すら、名前呼びしてたのに?」

妙にタダの知人を強調した感じで言われながら。じりじりと近づく黒羽君に、じわじわと壁際へと追いやられる。

まだ気にしてた!呼び方直したのに!

というか、ここは、玄関先なんですけど。気付けば下駄箱の反対側の壁に囲い込まれた。

「い、あ。あう…」
「はい、言ってみな?」
「うう…」

眼前に黒羽君。
こんな近くで名前で呼べとか。もはや下がろうにも壁に辿り着いてしまって逃げ場がない。横に逃げようにも、手で遮られて。

うう、近い。
恥ずかしい。

いや、もう、女は度胸だ!


「か、か、か」
「うん」


ああ。黒羽君はなんか余裕あるなぁ。

悔しいので、じっとその瞳を見つめてみる。

相変わらず、吸い込まれそうな瞳だ。
この人が、好きだな、とその瞳を見ながら再確認する。


「か、快斗、君」


ああもう!好きな人だと名前で呼ぶのもこんなに恥ずかしいものなのか!

でもちょっと嬉しい!

囲い込まれた中、名前を読んだ後速攻で下を向いて1人悶えていると、快斗君の反応がないことに気付く。

あれ?と上を向くと、顔を赤くした快斗君が居た。


「え」


驚く私に、快斗君は顔を背けて。

「──いや、うん。これからもそんな感じでヨロシク」

「あ、はい」


照れられると、こっちもさらに照れるんですが!

散々攻めてきたのに、ここで照れるとか!
やめて!キュンキュンするからー!!



きっと馨ちゃんあたりがこの様子を見れば、このバカップルが。と吐き捨てられそうな気もするが。

この後しばらくこんな感じで2人顔を真っ赤にして玄関に居た。









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